箕輪初心:生方▲草津100-120『福田赳夫S54』:箕輪城主:長野業政の長男系子孫

草津の湯畑の標柱には「福田赳夫 昭和54年(1979)来草」とあった。
草津温泉観光協会の本・Hpには「55.福田赳夫:上州が生んだ、初
の総理大臣。「さあ働こう内閣」を合言葉に、諸案件を処理。」とある。
先祖は箕輪城主:長野業政の長男:長野吉業系の子孫であると考え
られている。菅谷福田氏の菩提寺は箕輪善龍寺であるが、金古福田
氏の菩提寺は金古徳昌寺である。福田先生・中曽根先生・小渕先生
をバックアップする仲良し大物先輩や仲良し君がいるので、かつての
選挙は困った。
画像



箕輪初心★高崎市旧群馬町の偉人列伝
https://53922401.at.webry.info/201311/article_1.html



【0】先祖
  
 長野業政の子孫には
  ①長男:長野吉業の子孫…菅谷福田氏・・・・・8軒かな?
             …金古福田氏
   江戸時代 金古福田家は名主(庄屋)を務めた家であった。
  
  ②養子:里見義樹の子孫…榛名町の石井氏・安中市秋間の石井氏、
     彦根里見氏(彦根藩家老)→安中里見氏?(安中藩家老)

  ③次男:氏業(業盛)の子孫…
     極楽院系長野亀寿丸・・・一部武田信玄家臣
     来迎寺系長野氏・・・・・浜川長野氏か?

  庶子系…
   彦根長野業実(彦根藩第3家老)・・・・
   上杉謙信?についていった上越長野氏・・・・
      長野宇平治
       日本銀行本店本館・日本銀行京都支店・東京駅 
       台湾総督府庁舎などを設計。長野堰の記念碑などに寄附
   下仁田長野氏子孫・・・・長野見□?
        
長野業政の娘婿…10人~12人
吾妻羽田氏・・・長野長和町子孫:羽田孜第80代内閣総理大臣
浜川氏・・遣米使節の少年通訳:立石斧次郎
                …フジTVアナ:長野智子


【1】福田赳夫:第67代内閣総理大臣
※明治38年(1905)1月14日 ~平成7年(1995)7月5日
・江戸時代・・・福田家は金古の名主(庄屋)であった。
・明治38年(1905) 群馬県群馬郡金古町足門(現高崎市足門町)
   父:福田善治(元金古町長)の二男として生まれた。
・金古小学校・・・小学校の頃から神童の誉れ高かった。
・旧制高崎中学(現群馬県立高崎高等学校)を首席で卒業。
・第一高等学校
・東京帝国大学法学部。
・高等文官試験に一番の成績で合格→大蔵省に入省。
・昭和20年(1945) 9月 大蔵省官房長。
・昭和22年(1947) 9月 主計局長。
・昭和23年(1948) 9月 昭電疑獄との関連で逮捕。
・昭和25年(1950) 11月 退官。
・昭和27年(1952) 10月 衆議院議員に初当選。
・昭和33年(1958) 11月 昭電事件・・・東京高裁が無罪判決。
・昭和34年(1959) 6月 第27代農林大臣に就任。
・昭和40年(1965) 6月 第70代大蔵大臣に就任。
・昭和43年(1968) 11月 第73代大蔵大臣に就任。
・昭和46年(1971) 7月 第99代外務大臣に就任。
・昭和48年(1973) 11月 第78代大蔵大臣に就任。
・昭和49年(1974) 12月 副総理・経済企画庁長官に就任。
・昭和51年(1976) 12月 71歳。第67代内閣総理大臣に就任。
・昭和53年(1978) 12月 内閣総理大臣を辞任。

● 昭和54年(1979) 福田赳夫先生が草津にやって来た。

・昭和61年(1986) 7月 新派閥清和会派閥を安倍晋太郎に譲った。
・平成2年(1990) 2月 政界を引退。
・平成7年(1995) 7月5日 慢性肺気腫のため死去。 90歳。
★私の母方の祖父も群馬町の町会議員だったので、福田赳夫先生には
 お世話になった。

・平成25年(2013)福田赳夫先生の墓参りに行った。 
※墓・・・群馬県旧群馬町金古の「徳昌寺」



【2】福田康夫:第91代内閣総理大臣
・平成17年(2007)9月26日 71歳。 第91代内閣総理大臣に就任
 71歳・・福田赳夫が首相に就任した年齢と同じだった。
 親子二代の首相就任は、日本憲政史上初となった。
 ★平成25年(2013)福田赳夫先生の墓参りに行った。
 この日は、得成寺で福田赳夫先生の奧様:美枝様の納骨
 が行われていた。福田康夫先生や達夫様、越智通雄様も
 いらっしゃっていた。

※福田赳夫先生のお墓・・・合掌
※福田赳夫先生の弟:福田宏一様のお墓・・・合掌。
  渋川高等学校の先輩。参議院議員を2期。 


【2】福田達夫氏
  旧榛名町里見に「里見八犬伝の人形劇」に来ていた。

・平成24年(2012)
 9月26日群馬4区で父:福田康夫氏が政界引退を
  表明した。
  福田康夫氏の引退表明を受け、自由民主党群馬県連が候補者の公募
  を行ったが、福田達夫が公認を受けた。
  福田達夫氏が後継公認候補となり、
  12月16日の46回衆議院議員総選挙では、群馬4区で民主、維新
  の新人らを破り、初当選した。
   当選後しばらくは特定の派閥に所属していなかった。

・平成25年(2013)12月5日に祖父・赳夫が創設し、父・康夫も所属し
  ていた清和政策研究会に入会した。

・平成26年(2014) 第47回衆議院議員総選挙で再選された。

・平成27年(2015) 5月、武井俊輔、國場幸之助、石崎徹が立ち上げた
勉強会「過去を学び“分厚い保守政治”を目指す若手議員の会」
に参加した。

・平成28年(2017) 8月7日、第3次安倍第3次改造内閣にて防衛大臣
政務官兼内閣府大臣政務官に就任した。
 10月22日 第48回衆議院議員総選挙で、希望の党公認の不破弘樹ら
 2候補を破り3選された。

★福田達夫氏とは、数回、お話させていただいた。


◆参考サイト
「戦後の歴代総理大臣 年表より引用」
http://www.geocities.jp/warera_tikyujin/chronology/ref_1.html

・昭和20年(1945) 4月07日 ~ 8月17日  
第42代 鈴木 貫太郎

・昭和20年(1945) 8月17日 ~ 10月09日  
 第43代 東久邇宮 稔彦

第44代 幣原 喜重郎
1945年(S.20年)10月09日 ~ 1946年(S.21年)05月22日  

第45代 吉田 茂
 1946年(S.21年)05月22日 ~ 1947年(S.22年)05月24日  

第46代 片山 哲
 1947年(S.22年)05月24日 ~ 1948年(S.23年)03月10日  

第47代 芦田 均
 1948年(S.23年)03月10日 ~ 1948年(S.23年)10月15日  

第48代 吉田 茂
  1948年(S.23年)10月15日 ~ 1949年(S.24年)02月16日  

第49代 吉田 茂
  1949年(S.24年)02月16日 ~ 1952年(S.27年)10月30日  

第50代 吉田 茂
  1952年(S.27年)10月30日 ~ 1953年(S.28年)05月21日  

第51代 吉田 茂
 1953年(S.28年)05月21日 ~ 1954年(S.29年)12月10日  

第52代 鳩山 一郎
 1954年(S.29年)12月10日 ~ 1955年(S.30年)03月19日  

第53代 鳩山 一郎
 1955年(S.30年)03月19日 ~ 1955年(S.30年)11月22日  

第54代 鳩山 一郎
 1955年(S.30年)11月22日 ~ 1956年(S.31年)12月23日  

※昭和30年(1955)から昭和43年(1973)
高度成長期あるいは高度経済成長期と呼んでいる。
 日本は年平均10%という驚異的な経済成長を遂げた。

第55代 石橋 湛山
 1956年(S.31年)12月23日 ~ 1957年(S.32年)02月25日  

第56代 岸 信介
 1957年(S.32年)02月25日 ~ 1958年(S.33年)06月12日  

第57代 岸 信介
 1958年(S.33年)06月12日 ~ 1960年(S.35年)07月19日  

1959年(S34)1月 福田赳夫の幹事長就任。
 福田は池田の『所得倍増』のアイデアを継承し、池田=下村ラインの
 経済政策を岸=福田ラインが内閣の方針として取り込もうとした。

第58代 池田 勇人
  1960年(S.35年)07月19日 ~ 1960年(S.35年)12月08日  

第59代 池田 勇人
 1960年(S.35年)12月08日 ~ 1963年(S.38年)12月09日  
・昭和35年(1960) 首相:池田勇人の「国民所得倍増計画」によって、
 成長体制が整備された。
12月、福田赳夫先生は大蔵省の先輩である池田勇人の政権下で、政
  調会長に就任した。しかし、福田赳夫先生は、「高度経済成長政策
  は両3年内に破綻を来す。」と池田の政策を批判した。
  岸派の分裂を受ける形で坊秀男氏、田中龍夫氏、一万田尚登氏、
  倉石忠雄氏ら福田シンパを糾合し、「党風刷新連盟」を結成した。
  派閥解消を提唱するなど反主流の立場で池田に対抗した。
  (後に福田派(清和政策研究会)に発展した。)
 
 第60代 池田 勇人
  1963年(S.38年)12月09日 ~ 1964年(S.39年)11月09日  
福田赳夫先生および同調者は池田内閣の続いている間、完全に干
  された。

第61代 佐藤 栄作
  1964年(S.39年)11月09日 ~ 1967年(S.42年)02月17日  
佐藤栄作政権下では大蔵大臣、党幹事長、外務大臣と厚遇された。
  福田の後見人である岸からの強い支持もあって、岸・佐藤兄弟の
  後継者として大いにアピールできた。
  
第62代 佐藤 栄作
 1967年(S.42年)02月17日 ~ 1970年(S.45年)01月14日  

●昭和43年(1968)田中角栄が草津にやって来た。

第63代 佐藤 栄作
 1970年(S.45年)01月14日 ~ 1972年(S.47年)07月07日  

次第に“ポスト佐藤”を巡る争いで、福田赳夫先生と田中角栄との
  熾烈な角福戦争が始まった。

第64代 田中 角栄
 1972年(S.47年)07月07日 ~ 1972年(S.47年)12月22日  


※昭和47年(1972)
5月 佐藤栄作派から田中角栄派が分離独立した。
6月  『日本列島改造論』を発表。
 「日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網
  で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密の問題と公害の問題
  を同時に解決する発想である。工業再配置と交通・情報通信の全
  国的ネットワークの形成を基盤にして、人と金と物の流れを巨大
  都市から地方都市に逆流させる地方分散を推進すること」を主旨
  とした。政権公約の内容でもあった。
7月5日 佐藤栄作が支持した福田赳夫を破り自由民主党総裁に当選した。
7月6日 第1次田中内閣が成立。第64代総理大臣。
  史上初の新潟県出身の首相。
   各種機関の内閣支持率調査で70%前後の支持を集める。
『日本列島改造論』は91万部を売り上げ、年間第4位であった。
  ★もちろん、父は本を買った。でも、私は興味なかった。

第65代 田中 角栄
第2次田中内閣。 
※昭和47年(1972)12月22日から~昭和49年(1974) 12月09日まで
 福田赳夫先生は第2次田中角栄内閣に行政管理庁長官として入閣
  した。
※昭和48年(1973)11月の内閣改造では、列島改造論とオイルショック
 による経済の混乱の収束を求められ、急逝した愛知揆一の後任として
 大蔵大臣に就任し、総需要抑制などのインフレ抑制策を発動した。

▲昭和51年(1976)
2月  ロッキード事件発生。

第66代 三木 武夫
  1974年(S.49年)12月09日 ~ 1976年(S.51年)12月24日  

第67代 福田 赳夫
 1976年(S.51年)12月24日 ~ 1978年(S.53年)12月07日  
 ①71歳という高齢を心配する声に対し、「明治38歳」
 と言って若さをアピールした。
 ②実務型の内閣であったことから、内閣を「働こう内閣」と表現した。
 ③前内閣で外交や経済の案件が遅れから、総理大臣を文字って「掃除
 大臣」と称した。
● 昭和54年(1979) 福田赳夫先生が草津にやって来た。

第68代 大平 正芳
 1978年(S.53年)12月07日 ~ 1979年(S.54年)11月09日  

第69代 大平 正芳
 1979年(S.54年)11月09日 ~ 1980年(S.55年)06月12日  

臨時代理 伊東正義
 1980年(S.55年)06月12日 ~ 1980年(S.55年)07月17日  

第70代 鈴木 善幸
 1980年(S.55年)07月17日 ~ 1982年(S.57年)11月27日  

第71代 中曽根 康弘
  1982年(S.57年)11月27日 ~ 1983年(S.58年)12月27日  

第72代 中曽根 康弘
 1983年(S.58年)12月27日 ~ 1986年(S.61年)07月22日  

第73代 中曽根 康弘
  1986年(S.61年)07月22日 ~ 1987年(S.62年)11月06日  

第74代 竹下 登
 1987年(S.62年)11月06日 ~ 1989年(H.01年)06月03日  

第75代 宇野 宗佑
  1989年(H.01年)06月03日 ~ 1989年(H.01年)08月10日  

第76代 海部 俊樹
  1989年(H.01年)08月10日 ~ 1990年(H.02年)02月28日  

第77代 海部 俊樹
 1990年(H.02年)02月28日 ~ 1991年(H.03年)11月05日  

第78代 宮沢 喜一
  1991年(H.03年)11月05日 ~ 1993年(H.05年)08月09日  

第79代 細川 護煕
  1993年(H.05年)08月09日 ~ 1994年(H.06年)04月28日  

第80代 羽田 孜
  1994年(H.06年)04月28日 ~ 1994年(H.06年)06月30日  

第81代 村山 富市
  1994年(H.06年)06月30日 ~ 1996年(H.08年)01月11日  

第82代 橋本 龍太郎
 1996年(H.08年)01月11日 ~ 1996年(H.08年)11月07日  

第83代 橋本 龍太郎
 1996年(H.08年)11月07日 ~ 1998年(H.10年)07月30日  

第84代 小渕 恵三
 1998年(H.10年)07月30日 ~ 2000年(H.12年)04月05日  

第85代 森 喜朗
 2000年(H.12年)04月05日 ~ 2000年(H.12年)07月04日  

第86代 森 喜朗
  2000年(H.12年)07月04日 ~ 2001年(H.13年)04月26日  

第87代 小泉 純一郎
 2001年(H.13年)04月26日 ~ 2003年(H.15年)11月19日  

第88代 小泉 純一郎
 2003年(H.15年)11月19日 ~ 2005年(H.17年)09月21日  

第89代 小泉 純一郎
 2005年(H.17年)09月21日 ~ 2006年(H.18年)09月26日  

第90代 安倍 晋三
  2006年(H.18年)09月26日 ~ 2007年(H.19年)09月26日  

第91代 福田 康夫
 2007年(H.19年)09月26日 ~ 2008年(H.20年)09月24日  

第92代 麻生 太郎
 2008年(H.20年)09月24日 ~ 2009年(H.21年)09月16日  

第93代 鳩山 由紀夫
  2009年(H.21年)09月16日 ~ 2010年(H.22年)06月04日  

第94代 菅 直人
 2010年(H.22年)06月04日 ~ 2011年(H.23年)09月02日  


第95代 野田 佳彦 
2011年(H.23年)09月02日~2012(H.24)12月26日

第96代 安倍 晋三
 2012(H.24)12月26日~2014(H.26)12月24日

第97代 安倍 晋三
2014(H.26)12月24日 ~2017(H.29)11月1日

第98代 安倍 晋三
2017(H.29)11月1日 ~


◆参考サイト
首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/rekidainaikaku/

https://straw-wara.net/archives/politics/prime-minister.html

https://nendai-ryuukou.com/article/079.html

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