箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫尊皇思想家

・安永2年(1773)京都で親身になって世話をしてくれた印章の篆
刻家:大島芙蓉に頼まれ大島氏の系譜を調べるため訪れた際、伊香
保神社に参拝したと云われている。11月14日~11月19日、
「赤城行」・・・「大島氏の系譜調査」のため、細谷(自宅)―三夜沢
:赤城神社参詣―白井宿―伊香保温泉―前橋―伊勢崎―細谷(自宅)。
11月17日、米野から八崎へ出て、渋川手川を目指した。旅の目的
は、手川の大島郷右衛門と、伊香保大屋十二軒の一つである大島甚
左衛門を訪ね、大島氏の系譜を調べるためであった。」この時に、伊
香保神社に参拝した。境内には、高山彦九郎が腰掛け、日記を付けた
といわれる石がある。29歳の時であった。
「高山彦九郎は、江戸時代後期の尊皇思想家で儒学(陽明学)を信奉
し行動した。大旅行家でもあり全国各地を歩いて和歌をつくり酒を好
んだと伝えられている。
『大旅行家は「酒を飲んで全国放浪した人っていうことか?』
高山彦九郎は正田喜久先生の「高山彦九郎日記による歴史散歩」『群
馬歴史散歩』・正田喜久先生の『高山彦九郎』(みやま文庫)がダン
トツに凄い。
私も『群馬歴史散歩』の会員で、3回旅行に行かせて
いただきました。私の仲間は結構、原稿を書いています。山本隆志先生
が会長になられて半年になりますね。
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箕輪初心▲群馬「水上温泉→沼田の蕎麦源→伊香保温泉→地球屋雛」
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201502/article_17.html
★伊香保神社の高山彦九郎掲載

箕輪初心★★群馬:高山一族&偉人:高山彦九郎
http://m.webry.info/at/53922401/201106/article_15.htm?i=&p=&c=s&guid=on

箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎①現代版「旅日記」
https://53922401.at.webry.info/201106/article_20html

箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎②現代版「旅日記」
https://53922401.at.webry.info/201106/article_21.html

箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎③現代版「旅日記」
https://53922401.at.webry.info/201106/article_22.html

箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎④現代版「旅日記」
https://53922401.at.webry.info/201106/article_23.html

箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎⑤現代版「旅日記」
https://53922401.at.webry.info/201106/article_24.html

箕輪初心■大分:【日田豆田町】&【高山彦九郎&広瀬淡窓】
https://53922401.at.webry.info/201110/article_15.html

延享4年(1747)上野国新田郡細谷村(現群馬県太田市細谷)で郷士:
高山良左衛門正教の2男として生まれた。江戸末期、尊皇論者第一号
であり、吉田松陰にも影響を与えた人物である。北海道・沖縄以外は
ほとんど旅をした。江戸だけでなく、当時の有名な儒学者や藩校の学
者には、必ずといっていいほど会っている。先祖は平安末期、秩父氏
系の高山氏で源義朝・源頼朝の奥羽侵攻にも従軍した。里館は世界遺
産「高山社」のあった場所と推測できる。戦国時代は武田の家臣:小
幡信定の相備として長篠の戦いにも参陣した。その後、高山氏は太田
金山城の岩松氏の家老職であった。高山彦九郎は太平記を読み、新田
義貞にあこがれ、尊皇論者になった。吉田松陰にも影響を与えた。

・安永2年(1773)
「赤城行」・・・「大島氏の系譜調査」    
11月14日~11月19日
 細谷―三夜沢:赤城神社参詣―白井宿―伊香保温泉―前橋
 ―伊勢崎―細谷


◆高山彦九郎記念館・・・1回
★生家の隣
www5.wind.ne.jp/hikokuro/
https://www.city.ota.gunma.jp/020sisetu/04siryo/hikokurou.html
群馬県太田市細谷町1324番の7
TEL (0276)32-5632

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箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201809/article_55.html

箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_1.html

◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html

箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫『北国紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_7.html

◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_9.html

箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_10.html

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【1】伊香保温泉の歴史
1)弥生時代・・群馬では縄文時代
  垂仁2年(32)説・・・伊香保温泉1900年前発見説
 ★崇神天皇の「古事記崩年干支」戊寅は378年だから
 変な話である

2)古墳時代・・万葉集に『伊香保』の名が登場している。
 万葉集には上毛野国の和歌は25首+1首(沢渡)があるが、
 そのうち、9首は「伊香保」である。★厳密には、伊香保=
 榛名山のことである。
『伊香保嶺に 雷(かみ)な鳴りそね 吾が上には
   故はなけども 児らに因(よ)りてぞ 』
箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html

 伊香保の地名は、『続日本紀』「三代実録」に登場する。

3)奈良時代・・・1300年前説
 670年頃、榛名山の2回目の火山活動した
  伊香保に温泉が湧出した。
 ★伊香保温泉の始まりか?


4)平安時代
『延喜式』・・・伊香保が登場する。
「上野国三ノ宮」として伊香保神社がある。

5)鎌倉時代
源頼朝は板東33観音を選択し、水沢寺が関東の十六番札所に選定
  され、巡礼者が多く訪れるようになった。

○南北朝時代
『神道集』・・・伊香保の昔話3話が登場する。


6)室町時代


7)戦国時代・・
■≪堯恵(ぎょうけい)文明18年(1486)≫『北国紀行』
・文明18年(1486) 伊香保温泉7泊・・・榛名湖に
 

■≪飯尾宗祇≫連歌師。
 2回、上野国に来ているらしい。
・文亀2年(1502) 伊香保温泉に入湯した。
 『伊香保三吟百韻』・・宗祇+弟子2人
  ★宗祇は、大戸から草津温泉にも行っている。

■≪宗長≫:連歌師

■≪上杉憲政・長尾景英?長尾景誠?長尾景憲≫
・天文~永禄年間(1530~70) 関東管領:上杉憲政の家臣:
子持の長尾氏から家臣である木暮・岸・千明・島田・大島・永井・後閑
 などが伊香保の地を与えられ温泉経営に当たることになった。
共同浴場や旅籠は現橋本ホテル付近の源泉近くにあった。
 露天風呂駐車場の上、河鹿橋手前の『千明元屋敷』が現在でも知られ
 ている。

 
■≪武田勝頼≫(1546~1582)
武田信玄(晴信)4男。母は諏訪頼重の娘。元服後に諏訪氏を称し、
信濃伊那郡高遠城主となる。父信玄の死後家督を継ぎ、織田・徳川
・北条氏に抗して奮戦する。美濃・三河進出を企んだ。
天正3年(1575)長篠の戦い
織田信長&徳川家康連合軍 VS 武田勝頼
 結果・・・武田勝頼軍の大敗
◆◆ 箕輪初心◎【長篠の戦い前編】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_25.html

◆◆ 箕輪初心◎【長篠の戦い前編】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_27.html

・武田勝頼の命令により、真田昌幸が現在の温泉街の原型を造った。
 武田勝頼が、負傷した兵士を傷癒すために、当時、岩櫃城城主:
 真田昌幸に命じて、温泉療養施設を造らせたものが始まりと言わ
 れている。共同浴場や旅籠は現橋本ホテル付近の源泉近くにあっ
 た。『千明元屋敷』が現在でも知られている。
 真田昌幸はより多くの戦傷者を収容するため湯宿を広い場所に移転
 することにした。

・天正4年(1576)、真田昌幸配下:白井城主:長尾景憲家臣:小暮氏、
千明氏、岸氏、大島氏、島田氏、望月(永井)氏、後閑氏の七氏が湯元
から現在地に集落を移し、伊香保の石段街を造った。現在の石段街のあ
る場所である。工事は現在の伊香保露天風呂の 隣のから湧き出す源泉
かた木製の導管で引き、多くのの浴場に分湯する工事を行った。
湯元から温泉を引き、石段を作り、中央に湯桶を伏せ左右に調整、区画
された屋敷に湯を分けるという日本初の温泉リゾート都市計画であった。
石段は現在の石段街の原型となった。
分湯は「小間口制度」と呼ばれているものである。「小間口」を持つ家
は12家あった。
つまり、『千明仁泉亭』『木暮金太夫』『岸権旅館』などは、戦国時代に
創業が開始されたことになる。そして、千明・木暮・岸など武田家臣の
土豪がこの地に残り、代々温泉宿を引き継いだのだ。
・天正9年(1981)遠江の高天神城の戦いに敗れた。その後、
・天正10年(1582) 義理の叔父:木曽義昌や穴山梅雪らの反逆に遭い、
真田昌幸が勧めた『岩櫃城近くの潜竜院』に来ないで、甲斐の岩殿
城に向かう途中、天目山に追い詰められて自害した。


■≪真田昌幸≫
◆◆ 箕輪初心★真田3代   ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201111/article_29.html
http://53922401.at.webry.info/201111/article_30.html


8)江戸時代・・・遊興保養地として栄えた。
・寛永16年(1639)に引湯権に関する温泉構造の規定が定められた頃
には、温泉の引き湯口を持つのは14氏になっていた。


・文化文政の頃には、武士や庶民の旅が盛んになった。
伊香保温泉は観光名所となっていった。
 
 榛名神社も信仰を集め、榛名講・榛名詣の帰りに案内人の
 案内で湯治をかねて多くの人が訪れるようになった。
 伊香保の湯治は大ブームとなって各藩の武士、町人や農民などが
 伊香保を訪れるようになった。
 「子宝の湯」「婦人の湯」とも呼ばれ、女性客も増えた。
 往来する者が増えたので、口留番所が設けた。関所が設けられた。

 伊香保温泉は遊興保養地として隆盛した。
 ※当然、売春宿も多かった。
 ★旧群馬町の国府小西の寺には、梅毒になった女郎が平癒のため
 石造りの男根=珍棒に願いを込めた。


■≪高山彦九郎:安永2年(1773) ≫
・安永2年(1773) 『赤城行』・・・叔父:高山正業と赤城山登山
・・・後に、伊香保に宿泊した紀行文である。
 ★伊香保神社に碑がある。
◆◆ 箕輪初心★高山彦九郎 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_15.html


■文政元年(1818)?≪十返舎一九:文政元年(1818)≫
・文政元年(1818) 『善光寺草津道中金草鞋(こがねのわらじ)』





★明日は十返舎一九かな?

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