箕輪初心:生方★「伊香保温泉の歴史」&【文人墨客】復刻版

★上州の名湯:伊香保温泉は、旅情あふれる石段街で有名である。
石段街に関与したのが、武田勝頼&真田昌幸&子持に白井城主:
長尾景憲だった。結局、長尾憲景の家臣:小暮氏、千明氏、岸氏、
大島氏、島田氏、望月(永井)氏、後閑氏の七氏が湯元から現在
地に集落を移し、伊香保の石段街を造った。現在も伊香保温泉街
には大小様々な旅館・温泉宿・土産屋が建ち並ぶ。
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箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html

【1】伊香保温泉の歴史
1)弥生時代・・群馬では縄文時代
  垂仁2年(32)説・・・伊香保温泉1900年前発見説
 ★崇神天皇の「古事記崩年干支」戊寅は378年だから
 変な話である

2)古墳時代・・万葉集に『伊香保』の名が登場している。
 万葉集には上毛野国の和歌は25首+1首(沢渡)があるが、
 そのうち、9首は「伊香保」である。★厳密には、伊香保=
 榛名山のことである。
『伊香保嶺に 雷(かみ)な鳴りそね 吾が上には
   故はなけども 児らに因(よ)りてぞ 』
箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html

 伊香保の地名は、『続日本紀』「三代実録」に登場する。

3)奈良時代・・・1300年前説
 670年頃、榛名山の2回目の火山活動した
  伊香保に温泉が湧出した。
 ★伊香保温泉の始まりか?


4)平安時代
『延喜式』・・・伊香保が登場する。
「上野国三ノ宮」として伊香保神社がある。

5)鎌倉時代
源頼朝は板東33観音を選択し、水沢寺が関東の十六番札所に選定
  され、巡礼者が多く訪れるようになった。

○南北朝時代
『神道集』・・・伊香保の昔話3話が登場する。


6)室町時代


7)戦国時代・・
■≪堯恵(ぎょうけい)文明18年(1486)≫『北国紀行』
・文明18年(1486) 伊香保温泉7泊・・・榛名湖に
 

■≪飯尾宗祇≫連歌師。
 2回、上野国に来ているらしい。
・文亀2年(1502) 伊香保温泉に入湯した。
 『伊香保三吟百韻』・・宗祇+弟子2人
  ★宗祇は、大戸から草津温泉にも行っている。

■≪宗長≫:連歌師

■≪上杉憲政・長尾景英?長尾景誠?長尾景憲≫
・天文~永禄年間(1530~70) 関東管領:上杉憲政の家臣:
子持の長尾氏から家臣である木暮・岸・千明・島田・大島・永井・後閑
 などが伊香保の地を与えられ温泉経営に当たることになった。
共同浴場や旅籠は現橋本ホテル付近の源泉近くにあった。
 露天風呂駐車場の上、河鹿橋手前の『千明元屋敷』が現在でも知られ
 ている。

 
■≪武田勝頼≫(1546~1582)
武田信玄(晴信)4男。母は諏訪頼重の娘。元服後に諏訪氏を称し、
信濃伊那郡高遠城主となる。父信玄の死後家督を継ぎ、織田・徳川
・北条氏に抗して奮戦する。美濃・三河進出を企んだ。
天正3年(1575)長篠の戦い
織田信長&徳川家康連合軍 VS 武田勝頼
 結果・・・武田勝頼軍の大敗
◆◆ 箕輪初心◎【長篠の戦い前編】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_25.html

◆◆ 箕輪初心◎【長篠の戦い前編】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_27.html

・武田勝頼の命令により、真田昌幸が現在の温泉街の原型を造った。
 武田勝頼が、負傷した兵士を傷癒すために、当時、岩櫃城城主:
 真田昌幸に命じて、温泉療養施設を造らせたものが始まりと言わ
 れている。共同浴場や旅籠は現橋本ホテル付近の源泉近くにあっ
 た。『千明元屋敷』が現在でも知られている。
 真田昌幸はより多くの戦傷者を収容するため湯宿を広い場所に移転
 することにした。

・天正4年(1576)、真田昌幸配下:白井城主:長尾景憲家臣:小暮氏、
千明氏、岸氏、大島氏、島田氏、望月(永井)氏、後閑氏の七氏が湯元
から現在地に集落を移し、伊香保の石段街を造った。現在の石段街のあ
る場所である。工事は現在の伊香保露天風呂の 隣のから湧き出す源泉
かた木製の導管で引き、多くのの浴場に分湯する工事を行った。
湯元から温泉を引き、石段を作り、中央に湯桶を伏せ左右に調整、区画
された屋敷に湯を分けるという日本初の温泉リゾート都市計画であった。
石段は現在の石段街の原型となった。
分湯は「小間口制度」と呼ばれているものである。「小間口」を持つ家
は12家あった。
つまり、『千明仁泉亭』『木暮金太夫』『岸権旅館』などは、戦国時代に
創業が開始されたことになる。そして、千明・木暮・岸など武田家臣の
土豪がこの地に残り、代々温泉宿を引き継いだのだ。
・天正9年(1981)遠江の高天神城の戦いに敗れた。その後、
・天正10年(1582) 義理の叔父:木曽義昌や穴山梅雪らの反逆に遭い、
真田昌幸が勧めた『岩櫃城近くの潜竜院』に来ないで、甲斐の岩殿
城に向かう途中、天目山に追い詰められて自害した。


■≪真田昌幸≫
◆◆ 箕輪初心★真田3代   ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201111/article_29.html
http://53922401.at.webry.info/201111/article_30.html


8)江戸時代・・・遊興保養地として栄えた。
・寛永16年(1639)に引湯権に関する温泉構造の規定が定められた頃
には、温泉の引き湯口を持つのは14氏になっていた。


・文化文政の頃には、武士や庶民の旅が盛んになった。
伊香保温泉は観光名所となっていった。
 
 榛名神社も信仰を集め、榛名講・榛名詣の帰りに案内人の
 案内で湯治をかねて多くの人が訪れるようになった。
 伊香保の湯治は大ブームとなって各藩の武士、町人や農民などが
 伊香保を訪れるようになった。
 「子宝の湯」「婦人の湯」とも呼ばれ、女性客も増えた。
 往来する者が増えたので、口留番所が設けた。関所が設けられた。

 伊香保温泉は遊興保養地として隆盛した。
 ※当然、売春宿も多かった。
 ★旧群馬町の国府小西の寺には、梅毒になった女郎が平癒のため
 石造りの男根=珍棒に願いを込めた。


■≪高山彦九郎:安永2年(1773) ≫
・安永2年(1773) 『赤城行』・・・叔父:高山正業と赤城山登山
・・・後に、伊香保に宿泊した紀行文である。
 ★伊香保神社に碑がある。
◆◆ 箕輪初心★高山彦九郎 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_15.html


■文政元年(1818)?≪十返舎一九:文政元年(1818)≫
・文政元年(1818) 『善光寺草津道中金草鞋(こがねのわらじ)』


・文政5年(1822)伊香保神社掲額事件
■≪千葉周作≫VS≪樋口定輝≫

■≪滝沢馬琴(年不詳)文政年間か?≫



9)明治時代***********************

明治時代には、14軒の「大家」の基でそれぞれの家来筋にあたる
「門屋」が大家から土地と洗い場を預けられて「湯治人宿」を商って
いた。また、大家と門屋以外の者が「店借り」と呼ばれて、家作を借
りて酒店や豆腐店、髪結、油屋、畳屋などを商い、現在の
ような街並みを作り上げていった。
(★伊香保景観計画)


■明治10年(1877)・13年(1880)≪ベルツ博士M10・M13≫「楽山館」

■明治初年? ≪金井之恭≫「伊香保の別荘」

■イギリスの公使のサー・アーネスト・サトー、

■幕府軍軍事顧問のフランス軍将校レシャルム大尉


■明治12年(1879)≪大槻文彦M12≫「楽山館」

■明治22年(1889)≪新島襄M22≫「千明仁泉亭」
  新島八重を連れて群馬に4回戻ってきた。

●明治26年(1893) 伊香保御用邸が完成
ベルツ博士によって、伊香保温泉は泉質、避暑地としての適性を
 評されたことが御用邸選定の契機となった。
 (・明治23年(1890)宮内省は元老院議官金井之恭の別荘と周辺を
  買い上げて「伊香保御料地」とした。)

●明治中期 「ハワイ公使別邸」完成。(~明治31年:1898)
 駐日公使ロバート・ウォーカー・アルウィンに別邸として使用された
  
■明治27年(1896)≪夏目漱石M27≫:「木暮武太夫の表面の旅館」
・明治27年(1896)7月25日、伊香保温泉に向かう。理由は
①結核の療養のため(通説)・・・★手紙が残存。
②大塚楠緒子(1875-1910)をめぐる友人?親友?の群馬県前橋の小屋
 保治(1868-1931)が夏目漱石の恋人争奪戦。

■明治31年(1898)≪徳冨蘆花M31?≫「千明仁泉亭」(1868~1927)
 横井小楠門下の徳富一敬の次男として熊本県水俣に生まれた。
兄は思想家・ジャーナリストの民友社:徳富蘇峰(猪一郎)である。
同志社英学校で新島襄に学んだ。当然、新島八重にも世話になった。
トルストイに傾倒し、イスラエル&ヨーロッパ&ロシア旅行を敢行
した。新島襄の死に新島八重と徳富蘇峰は立ち会ったが、徳富蘆花
は立ち会えなかった。
 長年、兄:徳富蘇峰と絶縁状態にあった。
 徳富蘇峰(富はウかんむり)徳冨蘆花(冨はワかんむり)
◆◆ 箕輪初心★新島八重周辺『徳冨蘆花』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_6.html


■明治39年(1906)≪木下尚江M39≫「木暮金太夫旅館」
・明治39年(1906)10月~40年(1908)12月
  木暮金太夫旅館・・・1年2ヶ月逗留。
 『懺悔』『霊か肉か』『乞食』『労働』などを執筆した。

■三遊亭円朝『霧陰伊香保湯煙』

※明治44年(1910) 渋川から路面電車も開通した。

■明治44年(1911) 夏、皇太子家の迪宮裕仁親王・淳宮雍仁親王・
 光宮宣仁親王が避暑のため御用邸に滞在した。


10)大正時代
※天正4年(1914) 湯元から現在の石段街に移住した。
        大屋14件からなる温泉街を形成した。

■大正7年(1918)≪若山牧水≫『千明仁川亭』 
◆◆ 箕輪初心★若山牧水の上州旅③榛名湖&伊香保温泉 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201301/article_25.html



■大正8年(1919) ≪竹久夢二≫『千明仁川亭』『岸権旅館』(1884~1934)
上州を愛し伊香保温泉・草津温泉は頻繁に訪れていた。
 竹久夢二はある日、少女からの一通の手紙で伊香保温泉を知る。
「夢二先生は伊香保にいらっしゃったことがおありでしょう。
私は、お姿を見て声をおかけしたかったのですが気が引けて
言えませんでした」。
結局これは少女の思い込みに過ぎなかったのだが、夢二は手紙
を喜び、少女へ丁寧に返書を送っている。
竹久夢二が初めて伊香保を訪れたのはそれから8年後だった。
大正8年(1919)『宵待草』が大ヒットし、竹久夢二は有名になっ
ていった。それ以来、竹久夢二は伊香保がお気に入りの場所にな
った。
大正9年(1920)恋人:彦乃を亡くし、榛名・伊香保温泉を
訪れた。
やがて、榛名湖のほとり・・湖畔亭の北に住居兼アトリエを建て
た。そこを美術学校にしようと志したのだった。しかし、病に倒
れ、この世を去った。
・平成6年にアトリエが湖畔に復元。・・・一般公開。
 (★「竹久夢二伊香保記念館」資料より編集。
◆◆ 箕輪初心★竹久夢二 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201105/article_25.html

◆◆ 箕輪初心★若山牧水「山上湖へ」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201301/article_25.html
箕輪初心▲『榛名』:榛名山&榛名湖&榛名信仰&榛名文学
http://53922401.at.webry.info/201410/article_27.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201410/article_27.html

◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

◆◆ 箕輪初心★若山牧水3『伊香保→榛名』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201301/article_25.html

◆◆ 箕輪初心★『伊香保まつり&竹久夢二』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201109/article_20.html

「竹久夢二伊香保記念館」
「榛名湖周辺にアトリエ」

●大正8年(1919) ◆島崎藤村編 『伊香保みやげ』
『伊香保みやげ』が刊行された。
伊香保の印象を聞いた45人(著者も含)は、思い出を書い
た作品集である。箕輪初心★「伊香保温泉の歴史詳細」&【文人墨客】
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html
明治から昭和初期にかけて幸田露伴、夏目漱石、土屋文明、与謝野晶子、
寺田寅彦、萩原朔太郎、島崎藤村、芥川龍之介など多くの文人墨客が
訪れた。




・大正8年「伊香保みやげ」は、発行され全国に市販された
41名の著名な文学者や画家などの文章を集めた伊香保案内記
のようなものである。◆◆ 箕輪初心★竹久夢二 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201105/article_25.html

◆◆ 箕輪初心★若山牧水「山上湖へ」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201301/article_25.html

★伊香保温泉は明治から昭和初期にかけて幸田露伴、夏目漱石、
土屋文明、与謝野晶子、寺田寅彦、萩原朔太郎、島崎藤村、芥川
龍之介など多くの文人墨客が訪れた。温泉情緒ある温泉場として、
小説や映画の場面によく登場してきた。中でも、徳富蘆花&竹久
夢二は伊香保を最も愛した文人である。 様々な文人から愛された
伊香保温泉は文学史上、重要な場所なのであろう。
(★伊香保みやげ:幸田露伴など・・大正8年の復刻版)


「伊香保みやげ」の執筆者一覧
幸田露伴、岩野泡鳴、谷崎潤一郎、上司小剣、芥川龍之介、徳田秋声、
馬場孤蝶、前田夕暮、田山花袋、笹川臨風、長田幹彦、大町桂月、
藤森成吉、長谷川時雨、青柳有美、沖野岩三郎、近松秋江、金子薫園、
小山内薫、佐藤緑陽、小寺菊子、飯塚啓、有島生馬、岡本一平、
山村慕鳥、尾上紫舟、長瀬春風、萩原朔太郎、木下尚江、遠藤清子、
永代静雄、谷崎精二、正宗白鳥、島崎藤村、水野葉舟、西村渚山、
生方敏郎、松崎天民、昇曙夢、田中阿歌麿、伊藤英子、遅塚麗水、
花園緑人
箕輪初心★「伊香保温泉の歴史詳細」&【文人墨客】
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

■尾崎秀樹(ほっき)・・「新序」巻頭。編集に携わった。
  ゾルゲ事件の研究の第一人者である。
  私はこの作者の参考に編集した。

■幸田露伴・・・「序」担当。
  伊香保は殆ど知らないので・・。

■谷崎潤一郎・・「伊香保のおもひで」
 谷崎潤一郎:千明仁泉亭泊…作品を見せていただいた。
「東京人の行くところは『塩原』&『伊香保』である。
  私はは泊まったのは千明である。親切で居心地がよい。
56月の新緑は何とも言えない美観である。山には、
 桜や桃や藤やつつじや山吹が一時に咲き始める。
一昨年は、母の危篤に間に合わなかったので、一層感慨
深い。・・・」

■①芥川龍之介・・・「忘れられぬ印象」
高等学校の友達と2人で、赤城山や妙義山に登った序(つい
 で)に、伊香保に泊まっただけである。・・・
 ・・・紳士と仲良くなった。・・・高崎に着いて、金のない
 我々は、確か1円20銭ばかり借用した。

■②徳田秋声・・・・「山上にて」
 草津に行くはずが・・・その夜、伊香保に泊まることになっ
 た一人の英国人と車窓から見える山々の話や・・・・
街を見下ろすような高い場所に・・・
 ★たぶん、「紅葉」か「楽山園=凌雲閣」だろう

■③前田夕暮・・・「榛名の歌」6首・・・大正4年

■④田山花袋・・・「雪の伊香保」
「まァ、此方に御当たんなさい。」
 かう言われて私と今年7つにな女の児をつれた妻とは、
 ・・(中略)・・・
 「ほ、つつじが咲いている。室は春ですな。」

■⑤金子薫園・・・「夕月と河鹿(かじか)」

■⑥小山内薫・・・「伊香保へ」
 外国人との交流を書いている。
★これは凄い表現がたくさんかかれている。

■⑦有島生馬
 神奈川県横浜市出身の画家。
 有島武郎・有島生馬。里見弴と続く兄弟。
 妻の信子は原田熊雄の妹。
 甥に武郎の実子である俳優の森雅之がいる。
「チエレミシノフの胸像ができあがらないので・・

■⑧島﨑藤村・・「温泉の宿」
「・・・しなびた乳房が朦朧と見える。・・・。
 ★潔癖症の作品は面白うねえ。

■⑨生方敏郎・・「朝霧の這寄る伊香保より」
「朝きりは冷や冷やと寝ている枕元に這い寄ってきます。
 その霧は全山を立ち籠めます。・・・
 (中略)・・・」
  ★期待の生方敏郎君のコメントだ。きっと先祖が同じだ?


■⑩山村慕鳥・・・「伊香保はどんなところか」
実家は高崎市旧群馬町棟高にあった。上郊村に移住した。
子どもの頃から良く出かけた。(10km程)
・石坂旅館が多かった。・・・インド人を案内した?
・千明に行ったこともある。
・木暮に女の外国人を案内したこともある。
 ★なかなか、面白かった。
◆◆ 箕輪初心★山村慕鳥 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_9.html



■⑪萩原朔太郎・・・「石段上りの街」
 私の郷里は前橋であるから、自然子供の時から、伊香保へは度々
行つて居る。で「伊香保はどんな所です」といふやうな質問を皆
から受けるが、どうもかうした質問に対してはつきりした答をす
ることはむづかしい。併し簡単に言へば、常識的の批判からみて
好い温泉である。・・・(中略)・・・この温泉の空気を代表する
浴客は、主として都会の中産階級の人であるが、とりわけさうし
た人たちの若い夫人や娘たちーーと言つても、大磯や鎌倉で見る
やうな近代的な、中凹みで睫毛の長い表情をした娘たちではない。
矢張、不如帰の女主人公を思はせるやうな、少しく旧式な温順さ
をもつた、どこか病身らしい細顔の女たちーーである。前に伊香
保の愛顧者は女性に多いと言つたが、つまりその女性とはかうい
つたやうな、中庸的の夫人や娘たちである。不思議に伊香保とい
ふ所は、何から何まで女性的であり中庸的である。
 最近、私の友人で伊香保へ来た人には、前田夕暮君と室生犀星
君がある。谷崎潤一郎君と始めて逢つたのも此所であつた。この
人たちの伊香保に対する批評は概して可もなく不可もなしといふ
所であらう。
「子持山 若かへる手の 紅葉まで
   我はねもとおもふ 汝は何ぞと思ふ   万葉集
★秀水園・・・「かみつけの湯」の露天風呂に萩原朔太郎の
「帰郷」の石碑がある。



12)昭和時代***********************
■≪林芙美子≫
 「伊香保温泉」は林芙美子「浮雲」の舞台
昭和18年(1943) フランス領インドシナ(ベトナム)に農林省の
タイピストとして幸田ゆき子は農林省役人富岡憲吾に出会った。
との男女のやるせない関係を描いた作品である。当初は富岡に否
定的な感情を抱いていたゆき子だが、やがて富岡に妻が居ること
を知りつつ2人は関係を結ぶ。終戦を迎え、妻:邦子との離婚を
宣言して富岡は先に帰国する。後を追って東京の富岡の家を訪れ
たゆき子だが、富岡は妻とは別れていなかった。失意のゆき子は
富岡と別れ、米兵の情婦になる。厭世的な雰囲気の作品である。
ゆき子は再会した富岡とよりを戻す。
終戦後の混乱した経済状況で富岡は仕事が上手くいかず、ゆき子
を連れて伊香保温泉へ旅行に行く。伊香保温泉 の「ボルネオ」
という飲み屋の主人:清吉と富岡は意気投合する。2人は店に泊
めてもらう。清吉には年下の女房おせいがおり、彼女に魅せられ
た富岡はおせいとも関係を結ぶ。ゆき子はその関係に気づき、伊
香保を去る。 (★ウキペディア・青空文庫より編集)

■与謝野晶子:千明仁泉亭
「伊香保山 雨に千明の傘さして 行けども時の帰るものかな」

■川合玉堂:千明仁泉亭・・・
  ★千明仁泉亭に数百万の60cm×120cmが2点
  ★ちなみに、榛名神社の門碑の字が川合玉堂である。

■新渡戸稲造:千明仁泉亭

■野口雨情:森秋旅館
  ・野口雨情の長男・・・高崎市箕郷町在住
  ・野口雨情の長男・・・栃木県那須市の野口雨情博物館館長


■伊香保 寺田寅彦

■山下清「伊香保へ行って温泉に入ろう」

■内田康夫「伊香保殺人事件」

■「直木三十五S4」の「岸権旅館」
 直木三十五も入った「テルマエ・ロマエ」ロケ地の名湯

作家の南部修太郎、劇作家の池谷信三郎、詩人の霜田史光、
文藝春秋幹部となる作家の佐佐木茂索・房子夫妻の5人。

 「伊香保露天風呂は入浴料金は、今は450円であるが、かつては
 無料で、草津同様、ライ病患者も多かった。」と聞いた。
 鉄分が酸化して茶色になる「黄金の湯」は「(カルシウム・ナトリウム-
  硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物温泉)」だそうである。

※昭和31年(1956) バスの台頭で電車が全廃される。

 
※昭和60年、関越自動車道の渋川・伊香保ICが完成してから、首都圏
 との距離が一段と短縮された。
★逆に景気が悪いと、日帰りで行ける場所になってしまった。



13)平成時代*********************
※平成8年に温泉事業協同組合が管理する「白銀の湯(メタケイ酸で
  温泉)」が設立された。2種類の湯を持つ老舗が増えた。


※平成20年(2008)「青き上に 榛名・伊香保文学紀行」
1)榛名・伊香保の長期滞在者
徳冨蘆花の小説「不如帰」は、明治文学屈指のベストセラー
竹久夢二 榛名湖畔には美術研究所の実現を目指した
2)伊香保温泉は、詩人、歌人、俳人、小説家
夏目漱石、大塚楠緒子、寺田寅彦、木下尚江、三遊亭圓朝、
十返舎一九、与謝野晶子、大町佳月、島崎藤村、小林一茶、
高浜虚子、谷崎潤一郎、横光利一、林芙美子、佐藤惣之助、
斎藤茂吉、等々
3)榛名・伊香保の文人達の作品の舞台
群馬県出身
平井晩村、田山花袋、山村暮鳥、土屋文明、萩原朔太郎、
村上鬼城、吉野秀雄、佐藤垢石、森田素夫、金鶴泳、神保治人、等々、

「青き上に 榛名・伊香保文学紀行」は、榛名・伊香保に魅せられた
文学者たち46人の47作品を収録。
司馬遼太郎「北斗の人(抄)」
林芙美子「浮雲(抄)」
夏目漱石「伊香保からの手紙」
室生犀星「美しき旅について(抄)」
谷崎潤一郎「萩原君の印象」
与謝野晶子「伊香保の街」
竹久夢二「山河相聞」
斎藤茂吉「伊香保」
土屋文明「伊香保沼」
《この本でしか読めない作品と作者》
三遊亭圓朝「霧隠伊香保湯煙(抄)」
土屋文明「枯野」
大塚楠緒子「湯の香」
金鶴泳「死の匂い」
十返舎一九「方言修行金草鞋(抄)」
木下尚江「山居雑感(運動会)」
他 8人8作品

《主な作者と作品》
1 北斗の人(抄) 司馬遼太郎
2 霧隠伊香保湯煙(抄) 三遊亭圓朝
3 不如帰(抄) 徳冨蘆花
4 氷採人夫 山口寒永
5 湯の香 大塚楠諸子
6 枯野 土屋文明
7 榛名 横光利一
8 冬の神 森田素夫
9 浮雲(抄) 林芙美子
10 死の匂い 金鶴泳
11 草津道の記(抄) 小林一茶
12 方言修行金草鞋(抄) 十返舎一九
13 伊香保からの手紙 夏目漱石
14 伊香保雑詠 松根東洋城
15 山居雑感(運動会) 木下尚江
16 濃霧の歌 長塚節
17 榛名山 大町桂月
18 榛名神社に詣づ ほか 村上成之
19 ふるさと 山村暮鳥
20 榛名赤城の歌(抄) 前田夕暮
21 美しき旅について(抄) 室生犀星
22 萩原君の印象 谷崎潤一郎
23 温泉めぐり(抄) 田山花袋
24 麓恋しき 平井晩村
25 山上潮へ(抄 若山牧水
26 伊香保の街 与謝野晶子
27 榛名富十万 萩原朔太郎
28 伊香保にて ほか 村上鬼城
29 伊香保日記(抄) 籾山梓月
30 伊香保 寺田寅彦
31 榛 名 高畑棟材
32 伊香保の顔  宮内寒彌
33 山河相聞 竹久夢二
34 俳句日記(抄) 高浜虚千
35 伊香保土産 島綺藤村
36 伊香保 ほか 斎藤茂吉
37 湖畔の宿 佐藤物之肋
38 榛名湖  北原白秋
39 旅人の宿 ほか 福永武彦
40 榛名盤談 佐藤垢石
41 伊香保厳冬 吉野秀雄
42 榛名 神保治人
43 ケーベの姫さま 大塚史朗
44 榛名の大男 田島武夫
45 伊香保湯の由来 萩原進
46 伊香保沼 土屋文明
★もちろん、購入。実家から200m・・・
 伊藤信吉先生の館長時代に、叔父Tは土屋文明や山村暮鳥の初版本を
 寄附したし、館長さんや学芸員の方も物置小屋にきて、甘酒を飲んで
 いる。

14)現在************************
3月・・・石段人間ひな壇祭り
箕輪初心◆群馬【第23回伊香保石段ひなまつり】https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201303/article_3.html

平成25年(2013)3月2日(土)・3日(日)【第23回伊香保石段
ひなまつり】が行われている。13:00~保育園児・幼稚園児が 石
段街に造られた特設ステージに整列する。今年で23回目 を迎える。
平安雛衣装を身に着けた園児雛のかわいい姿が 石段街に並ぶのだ。
3日、今日も13:00~あるそうだ。


9月・・・伊香保まつり
◆◆ 箕輪初心◎伊香保まつり ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201109/article_20.html

箕輪初心■群馬:伊香保まつり&伊香保温泉
https://53922401.at.webry.info/201109/article_20.html

箕輪初心■群馬パワースポット③「水沢観音&伊香保温泉」
http://53922401.at.webry.info/201011/article_30.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201011/article_30.html
 


【3】伊香保温泉:料金が安い順****************
①青山旅館・・・・・
②ホテル轟・・・・・・・1回
③有明館・・・・・・
④ホテルきむら・・・1回
⑤晴観荘・・・・・・
⑥旅館ふくぜん・・・2回  
⑦松本楼・・・・・・・・2回 ★飲み代込み15000円
 ★新旧2種の温泉源から引いている。
★伊香保温泉の古い絵が魅力的である。

⑧かのうや・・・・・・・2回  
 ★ケーブルで行く。夜の露天風呂がよかった。
 
⑨石坂旅館・・・・・
⑩丸本館・・・・・・

⑪明野屋平左衛門・・     
  ★上州牛しゃぶしゃぶの宿

⑫森秋旅館・・・・・・・3回   
 ★納め会:庭師の知人の紹介で宿泊した。
 ★風呂もまちゃちゃ・・・
  野口雨情泊

⑬岸権旅館・・・・・・・2回   
  創業天正4年(1576) 竹久夢二泊
  ★納め会で宿泊
 
⑭ホテル天坊・・・・・6回   
  ★納め会で6回。宿泊風呂がでかい。
 
⑮美松館・・・・・・
 
⑯金太夫・・・・・・・・・2回
 
⑰オーモリ(大森)・・2回
 
⑱しん喜・・・・・・・・・1回   
   ★新開地。朝の展望風呂がいい。
 
⑲秀水園・・・・・・       
  ★新開地。 萩原朔太郎の碑
 
⑳塚越屋七兵衛・・・
★知人の息子ささんが勤めている。顔はしらない。

21古久家・・・・・・・・1回
22ホテル松本楼・・・2回
 
23さくらい・・・・・・・
24ひびき野・・・・・
25横手館・・・・・・1回 
  ★高校同級生の家 でも、顔を忘れた。

26おかべ・・・・・・
27ホテル木暮・・・・3回
28福一 ・・・・・・・・3回。
  ★納め会3回。営業課長は上司の知人。
  貴賓室=将棋の名人戦使用の部屋に泊

29お宿玉樹・・・・・
 ★日帰り温泉1000円 。小ぎれいな感じでいい。

30香雲館・・・・・・
31諧暢楼(かいちょうろう)
32村松旅館
○東急ビラ・・・・・・1回

○松屋・・・・・・・・・・・1回
★昔、父の従兄弟が経営していた。芸者が多かったようだ。
   父の葬儀に息子が来た。
   これで、縁は終わった。

○千明仁泉亭・・・・・2回 
  新島襄、竹久夢二、徳冨蘆花など多数。
  ★上司がここでなければ、嫌というので、高いのに・・  
  ★竹久夢二・・説明してもらったが、忘れた。
  ★伊万里焼きの直径120cmの手書き陶器
  ★深さ1m20cmの風呂は深くていいよ。源泉の茶色の湯である。


○石坂旅館・・・・・・
○伊香保グランドホテル・・10回?  
  ★昔は豪華だった。経営者が変わった。
○市川旅館・・・・・・
○一富士・・・・・・・・1回
○榮泉閣・・・・・・・
○お宿古城台・・・・
○山陽ホテル・・・・・1回
  ★海外旅行の仲間と宿泊。
○晴観荘・・・・・・・
○東栄館・・・・・・・
○橋本ホテル・・・・・
○ホテルニュー伊香保・・1回
  ★高校生3年の時の忘年会
○丸本館・・・・・・・
○もりた旅館・・・・・

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