箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫

古代:「万葉集」の時代には、奈良時代の万葉集東歌は9首詠まれ
ている。そして、伊香保(榛名山)・伊香保沼(榛名湖)が具体
的に描かれていた。、平安時代には、伊香保の沼(榛名湖)は観
念的で、万葉集をまねて(写真を使って絵に描くような)タッチ
の作品となる。おそらく東山道を来たりしていないし、伊香保に
登ったりしていない可能性が高い。鎌倉時代には幕府が鎌倉
に置かれると、再び、伊香保(榛名山)・伊香保沼(榛名湖)が
クローズアップされ、実際に登って、歌を詠んだと考えられる。
画像




伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_13.html


【1】伊香保温泉の歴史
1)弥生時代・・群馬では縄文時代
  垂仁2年(32)説・・・伊香保温泉1900年前発見説
 ★崇神天皇の「古事記崩年干支」戊寅は378年だから
 変な話である

2)古墳時代・・万葉集に『伊香保』の名が登場している。
 万葉集には上毛野国の和歌は25首+1首(沢渡)があるが、
 そのうち、9首は「伊香保」である。★厳密には、伊香保=
 榛名山のことである。
『伊香保嶺に 雷(かみ)な鳴りそね 吾が上には
   故はなけども 児らに因(よ)りてぞ 』

3)奈良時代・・・1300年前説
 670年頃、榛名山の2回目の火山活動した
  伊香保に温泉が湧出した。
 ★伊香保温泉の始まりか?

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html

〇奈良時代の万葉集東歌では伊香保(榛名山)・伊香保沼(榛名湖)が
具体的に描かれていた。

〇伊香保の地名は、『続日本紀』「三代実録」に登場する。


 
4)平安時代
『延喜式』・・・伊香保が登場する。
「上野国三ノ宮」として伊香保神社がある。

「呉竹の 世々の古事 なかりせば 伊香保の沼の いかにして思ふ
 心をのばへまし、」 (古今集:古今長唄 壬生忠岑)

ありきてふ 人麿こそは うれしけれ 身は下ながら
言の葉を 天つ空まで 聞こえ上げ 末の世までの
あととなし 今も仰せの 下れるは 塵に継げとや
塵の身に 積もれることを 問はるらむ これを思へば
けだものの 雲にほえけむ 心地して 千々のなさけも
思ほえず 一つ心ぞ ほこらしき かくはあれども
照る光 近き衛(まも)りの 身なりしを 誰かは秋の
来る方に あざむき出でて 御垣より 外の重守(へも)る身の
御垣守(みかきもり) をさをさしくも 思ほえず 九重の
中にては 嵐の風も 聞かざりき 今は野山し
近ければ 春は霞に たなびかれ 夏はうつせみ
なきくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ
せめらるる かかるわびしき 身ながらに つもれる年を
しるせれば 五つの六つに なりにけり これにそはれる
わたくしの 老いの数さへ やよければ 身はいやしくて
年高き ことの苦しさ かくしつつ 長柄の橋の
ながらへて 難波の浦に 立つ波の 波のしわにや
おぼほれむ さすがに命 をしければ 越の国なる
白山の 頭は白く なりぬとも  音羽の滝の
音に聞く 老いず死なずの 薬もが 君が八千代を
若えつつ見む


「伊香保のや 伊香保の沼の いかにして 
    恋しき人を今一目見ん  (拾遺集詠人不知)

「真薦生ふる 伊香保の沼の いかばかり 
          波越えぬらん 五月雨の頃」 
             (順徳院(順徳天皇):新後拾遺集)

「唐衣 かくる伊香保の 沼水に 
    今日は玉ぬく あやめをそ引く」 ( 藤原定家:拾遺愚草)

「かくれなく 逢はずなりなば みちのくの
   伊香保の沼の 我いかにせん」  (古今六帖1685)

★「伊香保の沼」を詠んではいるが、沼としての実体は全く詠まれて
 いない。「いかにして」・「いかにせん」とある。

「かんつけの 伊香保の沼に 植ゑしなぎ
    かく恋ひんとや  種もまきけん」 (古今六帖3867)

★『古今和歌六帖』(こきんわかろくじょう)なども万葉集東歌が
 引用されているようである。



・平安時代後期

「東路の 伊香保の沼の かきつばた 袖のつまより 色ことに見ゆ」
 (源顕仲『堀河百首』・『夫木抄』では「袖のつまずり」)


★平安時代にも、榛名湖・伊香保が詠まれるようになってきている。
 「伊香保の沼」は実際に榛名湖に来て、詠んだ歌ではないようだ。
 源氏で来ているのは下記に記された者が来ている可能性が高い。
 万葉の時代を遡って、遙かに遠い東国を詠むのに用いているようだ。
 時間的・距離的なイメージとして、「伊香保」が歌枕として扱われること
 となっていたのかもしれない。
 『伊香保誌』では「万葉集の名所として歌われたのであろう。」と
 している。


●【0】河内源氏①源頼信→②源頼義→③源義家→④源義国→
⑤新田義重
箕輪初心★久保田順一先生20141129『河内源氏&上野国:八幡荘』
http://53922401.at.webry.info/201412/article_11.html

箕輪初心★久保田順一先生20141129『河内源氏の上野国:八幡荘』後編
https://53922401.at.webry.info/201412/article_12.html 


5)鎌倉時代
 歴史学者は「中世前期」とし、院政期を境にしている。

源頼朝は鎌倉幕府を開いた。★「いい国つくろう鎌倉幕府」
 鎌倉時代に入ると東国の武士が政治の表舞台へ登場した。
 源頼朝は板東33観音を選択し、水沢寺が関東の十六番札所に選定
  され、巡礼者が多く訪れるようになった。
 伊香保・榛名湖・榛名山は再び和歌に描かれるようになった。

●建保3年(1215) 『名所百首』は詠まれた。
 内裏で開催された「名所百首」で、夏の題材として
榛名湖(伊香保沼)が撰定された。
「真薦生ふる 伊香保の沼の いかばかり 
     波越えぬらん 五月雨の頃」 順徳院(順徳天皇)(前掲)

「こなぎ植ゑし 伊香保の沼の あやめ草 
    長きほどおば 誰もとめけん」  藤原行意

「唐衣 かくる伊香保の 沼水に 
     今日は玉ぬく あやめをぞ引く」 藤原定家(前掲)

「影暗き 伊香保の沼は 夏草の 
     霧のみはぎは つきぞやどれる 藤原俊成女

「水鳥の 玉もの床や しをるらん 
     伊香保の沼の 夕立の空」    藤原康光

「いはかきも みごもり深く なりぬらん 
      伊香保の沼の 五月雨のころ」 藤原忠定

「蛙(かはづ)鳴く 伊香保の沼に すむ蛍 
     もゆる思ひに 音をぞあらそふ」世尊寺行能

「思ふこと あやめの草の 長き根に 
      伊香保の沼の いかで残らん 順徳院兵衛内侍

「五月雨に 伊香保の沼の あやめ草 
    きょうはいつかと 誰か引くらん」 藤原家隆

「伊香保のや いかにほどふる 五月雨に 
       沼のいはかき 波もこすらん」藤原家衡

「五月雨に 伊香保の沼の あやめ草 
      刈る人なみに くちやはてなん」 藤原知家

「おりたちて 引く手に夏は なぎの葉の 
       伊香保の沼の いかがすずし」 藤原範宗

★『伊香保の沼』の歌が12首も詠まれている。


●寛元2年(1243)『新撰和歌六帖』が詠まれた。
「沼」というお題に対して5人の詠み手のうち2名が「伊香保
 の沼」を詠んだ。残る3名は特定の沼に言及しない歌だった。

「底深き 伊香保の沼の いかほどに 
    恋しきことを 思ふとか知る」衣笠家良(『新撰和歌六帖』)

「我が身今 なほも頭に かみつけの 
    伊香保の沼の いかが悲しき」藤原信実(『新撰和歌六帖』)


●延慶3年(1310) 『夫木和歌集』が編集された。
「東路の 伊香保の沼の 杜若 
      袖のつますり 色ことに見む」 藤原顕仲

「こなぎ植ゑし 伊香保の沼の あやめ草 
    長きほどおば 誰もとめけん」  藤原行意

「五月雨に 伊香保の沼の あやめ草 
    刈る人なみに くちやはてなん」  藤原家隆
                  (前掲では藤原知家)
                     
「伊香保のや いかにほどふる 五月雨に 
       沼のいはかき 波もこすらん」藤原家隆
                  (前掲では 藤原家衡)

「蛙(かはづ)鳴く 伊香保の沼に すむ蛍 
     もゆる思ひに 音をぞあらそふ 」 藤原行能
         (前掲では世尊寺行能)

「世にしつむ 言の葉草の はえすとも
       伊香保の沼の みかかれそな 」冷泉為相

「くちなしに さえたる雪の かかれるは
    伊香保の根ろに 雪そふるらし 」 顕朝

「子持山 谷ふところに おひたてゝ
    木々のはくくむ 花とこそみれ」   俊頼
(★『伊香保誌』)

●その他
「伊香保風 吹く日吹かぬ日 まじらはば
    など我が袖の  ほす時のなき 」(宝治百首:定嗣)

「伊香保風 いかに吹けばか 沼水の
   春をばよそにな  ほこほるらん  (柳葉集])
(★2首は群馬県の歌枕・伊香保 (群馬県立女子大学)
  http://y-ishi.parfe.jp/utamakura/ikaho.html より引用)

「おり立てて 引く手に夏は なきのはの
   伊香保の沼の いかゞ涼しき 」 範宗

「石垣も 見こもり深く なりならん
   伊香保の沼の 五月雨の頃 」 忠定

「知らぬにも 尋ねて引かん 伊香保風
    しれか遙かに かほるあやめそ 」 堯空

「あやめひく 伊香保の沼の いかはかり
   憂身は長き 音をや鳴くらん 」    道堅
(★『伊香保誌』)


◆参考史料
『伊香保誌』


◆参考サイト
群馬県の歌枕・伊香保 (群馬県立女子大学)
http://y-ishi.parfe.jp/utamakura/ikaho.html

○南北朝時代
『神道集』・・・伊香保の昔話3話が登場する。
 「伊香保姫」・「伊香保大夫」「高光中将」「有の御前」など・・・
上代の文化をと社会を背景にまとめられた。
 伝説・神社の縁起・山岳神話など・・・

6)室町時代(文明年間頃・・・上州白旗一揆・応仁の乱頃?)
堯恵(ぎょうえ)7泊・飯尾宗祇2カ月・島田宗長:数日などが
 伊香保に長逗留していることから、上州白旗一揆・応仁の乱頃には
 伊香保は既に整備されたと考えるべきであろう。
 例えば、白井長尾景仲・景信・景春の誰かが宿泊施設を整備したと
 考えられる。
 (※『伊香保誌』には掲載されていない。)


●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201809/article_55.html

箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_1.html



◆各論編**************************
◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html


伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_7.html

◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_9.html

箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_10.html

箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
https://53922401.at.webry.info/201601/article_9.html

******************************

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫尊皇思想家
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html



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