箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』

跡部良顕は旗本2500石の大身であった。元禄11年(1698)伊香
保の木暮金太夫の宿(現ホテル金太夫)に湯治を目的に投宿
し、榛名湖・榛名神社を訪れ、伊香保に戻り、伊香保の帰りに水
澤観音に立ち寄っている。★「跡部」と聞いただけで、長篠の戦いの
時の武田勝頼の軍師クラスの「跡部勝資」子孫かなあ。と思ったり、
「跡部勝資」の長男は和田城主:和田信業、子は井伊直政の家臣
、酒井家次の家臣になったりしている。武田耕雲斎(本姓跡部)を
思い出したりもした。元は信濃の佐久出身か?

画像

 (入り口は金色だった。)




◆跡部良顕『伊香保紀行』(祐徳文庫蔵)***********
(★『国立国会図書館デジタルより引用)
(★群馬県史料 第6篇 )
(★『伊香保誌』より引用)
(★『榛名町誌 通史編下巻』より引用)

外題「伊香保紀行上(第二冊は中、第三冊は下)」
内題「伊香保温泉紀行」(第一冊)


0)
 冒頭に漢文の序がある。紀行論を述べている。

1)伊香保温泉
「予、去年の夏の比より病を患て、薬鍼の療をつくすといへども効なし。
 今年戊寅の三月官命のゆるし有て、上野国伊香保山の温泉に赴く」
 ★伊香保温泉の由来などを記し、挿絵もある。


「温泉の湧出る事をとへは木暮氏語て曰、神武帝より十一代垂仁帝の
御宇はしめてわき出る。其時はいまた浴して病を痊すことをしらす、
それより後温泉の湧出る辺の山中に民家漸四五舎すまゐし、病をいやす
事を知て浴し侍る。百五十余年以前に上杉定正(昌)の家臣長尾景春入
道伊玄此地を領し、処士五人に分ちあたへ浴室をかまへ、筧を以って温
泉をとり、病人に浴せしむ。木暮氏も其処士の末也。是より年々関東の
人民聞伝へ来る故に民家多くなり、家毎に浴室を設て貴賤の旅人来るも
の数をしらす。来歴この外云伝る事なし。古へより云伝へたる書ありし
か、昔年民家焼失の時に亡失ぬという」
★木暮金太夫との話は「伊香保の歴史」が綴られている。



2)榛名湖
「水清くして細波たち箱根の湖水の如し」

箕輪初心:生方▲『榛名湖温泉』と「用水」と【榛名ブログ一覧】
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4)榛名神社
「こゝを過て権現の社の前に番所有。それより石段の坂三ツ有て、登れ
は本社也。近比造立して朱の玉垣、千木かたそきまて美を尽したり。
内陳の社は後の岩の洞の中へ作りかけ見ゆる。この岩仰レ面てたをるゝ
程の高き岩なり。人の形して見ゆ。頭のことくまろき所に幣をさしてを
けり。卯月朔日より十五日まて祭礼あり。神楽堂、三重の塔、鐘楼有。
神楽堂の前に鞍懸岩とて高き岩あり。本社の左の山に清水流るゝを御供
の水という。鐘楼の群に山伏かたけと云岩あり。向によろいかたけとい
う岩有。山の上に洞窟三つならひて、其中に仏像三つあり。護摩堂有。
大きなる杉の木四方にならひ茂り、松柏其間にしける。本社の前に巫女
座して鈴をふり神託をのふる。此社は満行権現とて将軍地蔵を安置した
るよし、社僧語る」

箕輪初心■群馬パワースポット①「榛名神社」
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箕輪初心■群馬:榛名神社の見所&パワースポット
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箕輪初心●群馬『榛名山城考察』&榛名神社の氷柱4m
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4)榛名相馬山
●榛名周辺の山の中には、相馬嶽のように、修験道の行場として、古く
 から信仰をあつめている。弁天洞は雷天岳の南方中腹にあり座主頼印
 僧正が弁天供修法を修誦した所という。行者渓は、役小角の修法した
 所という。行者堂跡は、役の行者のお堂があった所。仙之洞は神楽殿
 背後の懸崖中の大洞窟で、弘法大師の誦経修法場であった所というよ
 うに、修験道との関連が深い。」
★「榛名信仰」についての一文が掲載されている。
★相馬山の「雨乞い」は高崎市箕郷町では昭和30年ころ迄、続いていた。


5)伊香保温泉


6)水澤観音
「いかほ山を出て宮子村に帰るとて、山下一里程来りて、水沢と云所に
 観音堂有。是三十三所の一にして、順礼と云者の札うちて尊信する所
 なり。その札二世安楽の為と書て、其人々の名をあらはし、堂の柱梁
 四方あきまなくありけり。死生昼夜の如し、なんそ現在未来の二世あ
 らんや。この世の人欲さえつきさるに、来世の安楽を願は何そや。世
 の人たゝ顔子の楽をしらまほし」

箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』/南北朝時代『神道集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_24.html

6)水沢観音
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』/南北朝時代『神道集』
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★「国司高光中将」や「伊香保姫」伝説掲載

箕輪初心■群馬パワースポット③「水沢観音&伊香保温泉」
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箕輪初心:生方▲【水沢うどん13軒】のミニ情報
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7)第一冊末尾
「温泉の療を求め侍るも公の仕をおもふゆへなり。君臣有義おろそかに思
 ふべからず。遠遊紀行は父母をおもふ志よりあらはし、この紀行は君に
 事しむ為の志なれば」
 ★療養にはげむのも将軍様に仕える公儀・忠義、父母を思う儒学を
  全うするためであるような考えを述べている。
  江戸時代の武家の旅や休暇に関する意識にも関係している。。


◆参考文献・史料
跡部良顕『伊香保紀行』(祐徳文庫蔵)
(★『国立国会図書館デジタルより引用)
(★群馬県史料 第6篇 )
(★『伊香保誌』より引用)
(★『榛名町誌 通史編下巻』より引用)



跡部良顕(よしあきら)の略年表****************
(万治元年(1656)~享保14年(1729)1月27日 享年72)

・万治元年(1658)跡部良隆の子として生まれる。
・寛文12年頃(1672頃)【成立】神学承伝記《しんがくしょうでんき》
(本多忠将(ほんだ ただまさ)延宝2年(1674年)、書院番頭に
 じられた。天和2年(1682)には父の代からの領地に上野
 新田郡・下野国安蘇郡において1,000石を加増され、合計9,000石
 を領した。)
・延宝6年(1678)幕府の書院番となる。
・???? 本多忠将の娘を娶った。 
・貞享2年(1685)幕府旗本として、遺跡2500石を継承する。
・貞享4年(1687)致仕(隠居)した。
・元禄8年(1695)伴部安崇に就いて儒学を学ぶ。
また、佐藤直方や浅見絅斎、三宅重固にも師事した。
・元禄11年(1698)、享保6年(1721)『伊香保紀行』を刊行する
・正徳6年(1716) 猛秋 跡部良顕「榛名山雑記」
●宝永元年頃からは、神道への志を強め、山崎闇斎の神儒一致の神道
 思想へと傾斜した。
 宝永4年(1707)『垂加翁神説』を編集した。
  玉木正英の紹介を得て、山崎闇斎の高弟:正親町公通から垂加神道
 の秘説を伝授された。
 東国における垂加神道の中心人物として名を馳せた。
 跡部良顕の学問は、垂加神道家内でも神儒兼学の立場を固守することで、
 山崎闇斎の学説を継承している。







●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』
のブログ一覧
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箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
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◆総論編**************************
◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
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箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
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◆各論編**************************
伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
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箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
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箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
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箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』/南北朝時代『神道集』
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と真田3代ブログ一覧
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◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
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(幸村)ブログ一覧
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******************************
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&②『南総里見八犬伝』
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