箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭『浴泉奇縁』

●天明5年(1585)平沢旭山は上野(群馬県)澁川村の門弟:田子正の
 家に入り、病で寝起きしていた。吉田芝渓は渋川村に来遊した平沢
旭山に師事した。おそらくは吉田芝渓・田子正は平沢旭山
の伊香保温泉入湯に同行したと思われる。

『浴泉奇縁(ゆうせんきえん)』は「伊香保温泉
の沢瀉亭(おもだかてい)という女郎屋に源氏名「艶鸞々」(えん
らんらん)という女郎がいた。この女郎は漢詩が読めた。若い
男と漢詩のやりとりをしているうちに恋仲になった。」話である。
『伊香保誌』より要約してみた。

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【1】】吉田芝渓が『浴泉奇縁(ゆうせんきえん)』
   吉田芝渓は一篇の小説を書いた。
「伊香保温泉の沢瀉亭(おもだかてい)という女郎屋に源氏名「艶鸞々」
(えんらんらん)という女郎がいた。この女郎は漢詩が読めた。若い
男と漢詩のやりとりをしているうちに恋仲になった。・・・

1)起の章
「艶鸞々」は越後長岡の巨室の者であった。・・・幼馴染みと婚姻の約束
がされていたが、男の家が戸籍がなくなり、・・2人は駆け落ちした。
途中、博徒に絡まれ、博徒は伊香保の女郎屋に売ってしまった。
 女郎は死のうと思って、首つり自殺をしたが、綱が切れて落ちてしまっ
た。・・・家人が介抱した。沢瀉亭の女将に説得され、女郎になった。
鸞々は甚だ美人ではなかったが、秀麗であった。漢詩が読めることは芸妓
になったことを恥じて隠していた。

2)承の章
伊香保近くに橘氏を名乗る男がいた。漢籍をあさって読んでいた。体が
弱いので伊香保に度々入湯しに来ていた。天明8年、・・・鸞々が賤しい男
に酒の相手をしていた。橘もこの男に呼ばれた。男2人は酔いつぶれた。
 鸞々は風に涼みながら詩を吟じた。
 胸裏の 氷心盃裏の涙。勉強して更に薄情の人に対す。
橘は寝ていなかった。不思議に思い詩を作った。
 
 客家動揺玻瑠   旅窓却怪在陽台
 断腸宋玉高唐賦  徒見仙蛾入夢来

・・・これを聞いた女(鸞々)はにっこり笑い、即座に
 好々交歓弄酒盃      風流何怪在陽台
裏玉千歳悠々事      独有高唐再賦来

・・・男(橘)はびっくりして、心がとろけた。そして橘は詩を詠んだ。
牡丹の花の香りが匂い、・・・咲いている。私は蝶になってその
 花のしべに近寄りたいが、花の心は蝶の胸を慰めてはくれない。
(★もちろん漢文)
・・・女(鸞々)は
 蝶は2つの翅(はね)をひるがえして美しいが、牡丹の体は汚れて
 いる。でも、花は蝶の様子をうかがっている。
(★もちろん漢文)
・・・男は喜んだ。2人は約束した。8月15日に会おうと、・・・

女(鸞々)は待てず、手紙を書いた。
「・・・天の与えた良縁だと思います。・・・夜走って行きたいので
   すが籠の鳥です。・・・・」
(★もちろん漢文)

男(橘)は
「自分も約束の日が待ち遠しい。・・」
  (五言絶句の漢文)

3)転の章
いよいよ8月15日
 男(橘)は十詩をもって来た。
 女(鸞々)も喜んだ。

 牽牛織女のようであった。
 2人は七言絶句で詠みあった。

4)結の章
男(橘)は伊勢参りに行った。
 女(鸞々)は桐生の絹問屋に身請けされてしまった。

 女(鸞々)が男(橘)に手紙を書く。
 「忘れようとすれば、するほど、貴方を思い出します。・・・」
 (もちろん七言絶句で)
 男(橘)はがっかり・・・
 「・・・長く照らしてくれ、新たな2人の気持ちを」
 男(橘)は女(鸞々)を一生忘れなった。

(★『伊香保誌』P782~786要約)


【2】◆吉田芝渓***********************
・寛延3年(1750)説 渋川村に生まれた。(渋川市観光サイトHp)
・宝暦2年(1572)説 渋川村に生まれた。(群馬県・渋川市教育委員会)
 中ノ町で農業のかたわら糸繭商を営む吉田甚兵衛の長男に生まれた。
 名を友直といった。
 弟:翠屛(すいへい)とともに北牧村の山崎石燕に学んだ。
 のち江戸に出て昌平黌の聴講生となった。

・寛政5年(1783) 弟の翠屛や小作人とともに芝中の地へ移住し、
  五町歩余(5ha)を開拓した。

・寛政6年(1784) 「養蚕須知(ようさんすち)」
・寛政7年(1784) 「開荒須知(かいこうすち)」
 吉田芝渓は養蚕を奨励するために、漢字仮名まじりの養蚕書を著した。

 木暮足翁をはじめ多くの子弟を教育し、「芝中の先生」と呼ばれた。
また、「渋川郷学の祖」と呼ばれている。

●安永9年(1780) 平沢旭山が草津温泉に入湯した。
『草津温泉游記』を著した。平沢旭山は沢渡温泉にも寄った。
 (★『漫遊文草』「あがつま史帖」:萩原進著・西毛新聞社)

●天明5年(1585)平沢旭山は上野(群馬県)澁川村の門弟:田子正の
 家に入り、病で寝起きしていた。
 「病を載せて毛の野(群馬県)に遊ぶ。(旅行する。)
   素(もと)より温泉を好み、将に復塵垢を伊香保の鉱泉(温泉
   に洗うことのみ、・・・。」
  「骸骨先生の記』田子正著
(★『先哲百家伝』:国立公文書館)
 吉田芝渓は渋川村に来遊した平沢旭山に師事した。
平沢旭山の伊香保温泉入湯に、おそらくは吉田
芝渓・田子正は伊香保温泉に同行したと思われる。



「養蚕須知. 上,中,下」吉田芝渓著:田子正 [撰] を著した。

寛政元年(1789)群馬郡渋川村の儒者吉田芝渓が『浴泉奇縁(ゆうせん
きえん)』を著した。


●『渋川市誌』の吉田芝渓
 渋川郷学の系譜については、日本の儒学の流れから、儒学折衷学派の
 流れをくむものとして、以下のように説明している。
「わが国の儒学には幕府の御用学派である朱子学派の外、古学派、陽明
 学派、折衷学派があり、支配層だけでなく広く一般社会にも大きな影
 響を与えた。その中で折衷学派は各派の長所を取り入れ折衷し、穏当
 な学説を唱えた学派で、井上金峨をはじめ山崎石燕も平沢旭山もこの
 学派に属しているので、芝渓を始めとする渋川の郷学関係者はこの折
 衷学派と考えられる。しかしこの学派と実学ということは直接結びつ
 かない。これは平沢旭山の人格、学問に対する姿勢が実学的、開明的
 であったことによるものである。旭山が単に儒学だけでなくいろいろ
 な学問に関心をもち研究し、それを芝渓らに伝えている。」

吉田芝渓の実学の学風は木暮足翁、高橋蘭斎、堀口藍園へと
 受け継がれた。 
渋川郷学は、知行合一、尊王開国を説くものであった。

・文化6年(1811)吉田芝渓が没した。
  60歳説・62歳
◆吉田芝渓の墓
「吉田芝渓は、宝暦二年(1752)に中ノ町で農業のかたわら糸繭商
(いとまいしょう)を営む吉田甚兵衛の長男に生まれ、名を友直とい
った。弟:翠屏(すいへい)と共に北牧村の山崎石燕(せきえん)に学
び、のち江戸に出て昌平黌(しょうへいこう)の聴講生となり、天明
五年(1785)には渋川村に来遊した平沢旭山(きょくざん)に師事
した。寛政五年(1793)には弟の翠屏や小作人と共に芝中の地へ移
住、五町歩余を開拓、この間に木暮足翁をはじめ多くの子弟を教育し、
芝中の先生と呼ばれた。芝渓の実学の学風は足翁・蘭斎・藍園と受け
継がれた。「養蚕須知」(ようさんすち)等があり、文化八年(1811)
六〇歳で没した。墓は二ヶ所で東150mにもある。
昭和六十三年三月三十一日」
群馬県教育委員会/渋川市教育委員会
(墓碑)群馬県指定史跡 昭和26年6月19日指定

 墓地は御蔭(みかげ)にあり、祖父母・父母・妻らの戒名・没年が
  彫られた一石を伴う墓石が1カ所、その西約100mに弟の翠屏と
 ともにある墓石が1カ所ある。
 ★吉田芝渓の墓は、折原十二社のバス停のある交差点から南に200m
  程の場所にある。
  1回、昔に行ったことがことがある。私が渋川高校の時、・・・・
  私は自衛隊の前を通って、子持、高山村や苗場などに行く道の近く
  なので、1000回以上通っている。

◆渋川市観光サイト
http://www.city.shibukawa.lg.jp/kankou/history/shiteibunkazai/p000295.html
◆吉田芝渓
http://www.gijyutu.com/ooki/isan/isan-chiiki/gunma/yoshida/yoshida.htm

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箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
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~山名城大手口まで4句碑』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
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箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
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箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
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◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
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◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
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◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
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箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
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箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
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箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
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と真田3代ブログ一覧
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◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

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(幸村)ブログ一覧
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箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
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◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
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箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
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箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
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箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
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箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1585)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
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箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
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箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
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箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
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箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html


★明日の伊香保温泉は?

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