箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』

江戸時代は温泉地は 292 ヶ所であった。「上野伊加保 高崎より6里、
湯宿12軒壺湯3か所洗い場1か所づつあり。」
「右伊加保、草津の両所各名湯にして優劣あるべからず、然れども
 伊香保の効草津に増るものあり、草津の効伊香保に増るものあり、
故に同国にしていずれも行わるる事猶箱根と熱海の如し。」
画像




「旅ブームといっても、江戸時代の旅行は現代ほど手軽に出かけられ
 るものではなかった。道中には危険も多く、対処するための情報は
 少なかった。数日の旅に出るにも、時間をかけて入念な事前準備を
 行う必要があった。従って、『旅行用心集』経験に基づく旅のノウハウ
 本は重宝された。」


【1】八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
 八隅蘆庵:桜井 正信の現代語訳 『旅行用心集』
 アマゾンで八坂書房657円+送料300円で購入。
画像

1)自序
「人びとは仕事の合間に伊勢参宮に旅立とうとして道連れを誘い、いつ
が吉日だからと出発日に決め、あちこちから餞別の品をもらい、家中が
旅の支度にわくわくしている様子はすがすがしいものである。 特に旅
立ちの日は親類や友人が町はずれまで見送り、酒を酌み交わしながら、
道中について、それぞれが心からあんなこど、こんなことに注意しなさい
と言っている様子は、傍目にもうらやましいものである。 また、務め=
仕事のため、あるいは用事であちこち出かけるのも旅でも、年齢にかかわ
らず、心がはりつめてみがひきしまるものである。」
 東国の人は伊勢をはじめとして大和、京、大坂、四国、九州の名所や
旧跡、神社、仏閣を見たいと思い、西国の人は伊勢から江戸、鹿島、香取、
日光、松島、象潟、善光寺などを見たいと思うものである。
 家族が元気健康で家業も順調な家庭では主人はもちろんのこと、親戚に
いたるまで一生に一度は伊勢参りに出かけるという。日本につたわるあり
がたい習わし習慣ではないだろうか。
 一体、士農工商(身分の差)を問わず、毎日の仕事に専念していれば決
して貧しい思いをせず、生涯を安穏に過ごせるというのも神仏の教えを守
っているおかげである。 金持ちでも高貴な生まれでも病弱であったりす
ると、旅に出かけて珍しい景色を見たり霊場を廻ったりすることはできない。
お金があれば駕籠で旅をすることができる。しかし貧しくとも健康な体で
旅をする者が味わう楽しさにはとても及ばない。さぞ残念なことであろう。
貧富に関わりなく健康で参宮に参拝する旅行が出来るということはこの上
なく幸いなことである。
 ところで、旅に出る人は次のことを心得てほしい。
①たとえ、供、家来を連れて行くとしても、股引や草履を履くなどのことは
 自分ですること。
②食事に不満があっても文句を言わずに食べること。
③すべて自分の修行の機会だと思うこと。
④土地によっては習慣の違いなどから気にくわない扱いを受けること
 があっても、心得ておくこと。
④旅行中は、風雨にあう、濃霧に山越えをする、布団が薄い、仲間割れ
 が起きる、怪我人が出て行程が遅れる、気候の変化で持病が出るなど、
思わぬ難儀に見舞われるものである。
旅先では家に居るときのようにはかばかしい適切な対処することがむず
かしいものである。
 このように長旅は言い表しがたいほどの苦労がある。だたら、若者に
とってはよい人生修行である。諺に「可愛い子には旅をさせ」というの
がある。本当に貧富のかかわらず、旅の経験のない人は旅の苦労を知ら
ず、ただ旅はひたすら楽しく物見遊山のためだけにするものだと思って
いる。そのため人情に疎く、我が儘で自分勝手な人間になってしまう。
きっと陰で後ろ指を指されて笑われていることも多いだろう。
 例え大名や高貴な公家でも、どんな悪天候(強い吹き降り)で川留め
にでもならない限りも決められた宿までの予定を変えることはない。ま
して、普通一般の旅人にわがままが許されるはずがない。
 このように様々な苦労に耐えることで、人情に厚く、思いやりの心を
持つようになれば、世間の人から良い人だとよばれ、やがては立身出世、
ひいては子孫の繁栄に繋がっていくことは明らかである。まさに「可愛い
子には旅をさせよ」とはこのことである。
 私(八隅蘆庵)が若いときから旅行が好きであちこちの国に旅に行った。
そのことを知っている知人が旅行に出かける際にいろいろな知恵を聞いて
くる。(これまでは)そのたびに書いて渡していたが、最近は歳をとって
その都度書くのは面倒になった。かといって断るわけにもいかない。そこ
で、これまで書いたものを集めたり新たに書き起こしたりして、旅の助け
参考になるようなことをいろいろ思い出すままに一冊にまとめることにし
た。少しでも 人の役に立つように印刷して『旅行用心集』と名付けるよ
うになった次第である。

   文化庚午(7年)6月   
                        八隅蘆庵

惣目(目次)
一 東海道勝景里数
一 木曽路勝景里数
画像

画像

一 五岳真形の図
一 道中用心六十一ヶ条******************

○古文書…旅行用心集「道中用心六十一ヶ条」
「一 初て旅立の日は、足を別而、静に踏立、草鞋の加減等を能試、
 其二、三日が間は所々にて、度々休、足の痛ぬやうにすべし
  出立の当座には、人々心はやりて、おもはず休もせず、荒く踏立
 るものなり、足を痛れば、始終の難義になることなり
 兎角はじめは、足を大切にするを肝要とす」

現代語訳…旅行用心集「道中用心六十一ヶ条」
「一(1) 初めて旅立つ日は、足を別して(とりわけ)、静かに地に
 踏みしめて立つい。草鞋(わらじ)の加減等をよく試みて、
 その二、三日の間は所々で度々休んで、足が痛まないようにしなけ
 ればならないこと。
 出発の折には、人々は心がはやって、思わず休みもせず、荒く地を踏
 みしめるものである。足が痛くなれば、旅の始めから終わりまで難儀
 をすることになる。兎に角はじめは、足を大切にすることが肝要(大
 切)である。
 ★とっても、簡単な内容で、今にも通じる。

一(2)「旅も持って行く所持品はできるだけ少なくすべきである。所持
 品が多いと忘れ物が多く、なくしたりしてかえって煩わしくなる」
 ★江戸時代の旅は徒歩が中心でしたので、必要最小限度の必需品に
 すべきである。
 実際は小さな行李(振り分け荷物)か、背負った風呂敷に入れていた。

一(3)や「宿に着いたら、先ず、第一に東西をたしかめ、・・
  火事に備える。・・・・・

一(4)「初めて旅をするひとは、馬や駕籠や人足が必要ならば、・・・」

一(5)「朝はきぜわしいため、持ち物をわすれやすいので、夜のうちに
  、・・・」

一(6)「宿屋は、・・・なるべく造りが立派な・・・
一(7)「旅行中は、暑さ寒さをしのげるようしすべきである。・・・
  ・・・厚いときは人の胃腸は具合がわるくなって消化しにくくなる
  ・・(★注意が必要な食べ物が書かれている)
魚・鳥・貝・タケノコ・キノコ・瓜・スイカ・餅・赤飯・・・

一(8)「食べ過ぎ注意・・・」

一(9)「空腹時の酒に注意・・・」

一(10)「焼酎は少しならよい。・・・

一(11)「空腹時に風呂は気をつけるべきである。・・」

一(12)「・・・風呂は宿の案内の順に入ることになるが、混雑時は
 順番を間違えて、もめやすい。そんな時は身分の高い人はいたら、
 先に入れておくこと。風呂の順番でけんかになりやすいので、何事も
 控え目が身のためにもなることが多い。・・」  

一「13)「長湯注意・・」

一(14)「・・・夜は歩かない方がいい。9日でいきところは10
 日で、・・・」

一(15) 「旅行中は、とりわけ色欲を慎みなさい。娼婦は性病を
  持っていることは多い。・・・蒲団から皮膚病もうつるので、香りの
  する物を身につけてねる。・・・」
  ★八隅蘆菴も道中、女性とのH関係で痛い目に遭ったりしたの
   だろうか。飯盛り女の規制はあったが、あってない法律だった。
★江戸時代は、梅毒は多かった。草湯に治しに来る者が多かった。
   伊香保の飯盛り女たちは梅毒治しの願掛けをしていた。

一(16)「水は綺麗な水を・・・山椒・胡椒をもって、」

一(17)「休むときは草むらは注意・・・毒虫が・・・
      洞窟も注意・・・湿気の多いところは・・・」
図説あり…唐のハンミョウ、和のハンミョウ、トカゲ、マムシ
        カラス蛇、
画像

一(18)「食後は急ぐな・・・」

一(19)「用足し・・・は、確実に・・」

一(20)「・・・馬・籠の用意は宿に2~3日前に・・」

一(21)「宿場のついたら、宿役人に挨拶・・・

一(22)「・・・馬・籠は思い通りにならないことが多い。」

一(23)「荷替えには時間がかかる。」

一(24)「濡れて困る物は油紙を2重にしてつつむ。川越えなど・・」

一(25)「川越えは宿役人にそうだんしてから。・・・」

一(26)「女連れの川越えは、危険箇所は前もって知らせる。・・」

画像



・・・・(中略)・・・・・

一(??)「旅のいでたちは、菅笠をかぶり、荷物を入れた行李を肩に
  掛ける。手甲脚絆(てっこうきゃはん)をつけて、合羽を着て草鞋を履く

「男性は縞柄の上に藍染の半合羽を羽織る。下着は褌、着物を尻からげ。
 素足に草鞋履き。腰には柄袋のかかった道中差と煙草入れ。肩には振り
 分け荷物。頭には菅笠。」
「女性は髪は島田髷。着物は縞柄の紬、帯は染帯。腰巻は桃色。着物の上
 に塵除けの浴衣を着て、腰紐で結ぶ。桃色の足絆、足は素足で紐付き草
 履。手に菅笠と竹の杖を持つ。頭は手ぬぐいで姉さん被り。」

一(??)荷物は?
「矢立、扇子、糸針、懐中鏡、日記手帳、櫛と鬢付油(びんつけあぶら)、
提灯(ちょうちん)、蝋燭(ロウソク)、火打道具、懐中付木、麻綱、
印板、鉤(かぎ)」
★矢立(やたて)…筆と筆入れ=現在の筆記用具
★櫛と鬢付(びんつ)け油…くしと髪につける椿油など
★麻綱…洗濯物をかけるロープ、
★胴乱(腹巻き)…印籠、薬、銭などを入れるもの=現在のポシェット、
★鉤(かぎ)…物を引っかけるためのフック。

●おまけ*************************
一(??)着替えは?洗濯は?
江戸時代は絹・麻・イラクサの麻・木綿の繊維製品は貴重品で
 あった。
 江戸の庶民は高価な新品な着物には手が出ないため、多くの場合、
 古着屋で中古(リサイクル)の着物を買い、すり切れるまで着て
 いた。江戸っ子はそれを持って旅にでかけた。
 和服は旅籠で洗い、持参した麻綱をかけて干していたのであろう。
 着替えの着物は一着であろう。

 下帯・ふんどしの着替えは1~2本程度であろう。
 下着類も宿屋で洗った。途中で川で洗った洗濯物は油紙で包んで
 宿屋で干したと考えられる。

女性などは月経
江戸時代の女性が生理になった時、紙(再生紙)や木綿の布をたたん
で陰部にあて、上からふんどし状の布で押さえていた。
「股ふさぎ」、「馬」と呼ばれていた。
 また紙や布を膣に詰め込むタンポン式の生理用品もあった。
 基本的には江戸時代の女性はあまり旅に出なかった。
 また、江戸時代を通じて尼僧以外は女の一人旅は殆どなかった。
 「子宝の湯」などに行く時は親兄弟同伴、男性を含むグループ旅行、
 使用人(ボディガード)付きになった。
武家の奥様は家来とともに、大名の奥様が籠に乗って、・・旅をした。

★私の海外旅行
金、キャッシュカート3種、着替え一式、(ベスト・紙パンツ・捨てて
いい服)、ハンカチ、チリ紙、タオル、金、財布3(内ポケット)、ガイ
ドブック、手帳、筆記具、貴重品入れ、電卓、(化粧)道具、ひげそり、
裁縫道具(ある時)、懐中電灯、傘、十徳ナイフ、街歩き用のバック、
帽子、マスク、薬(梅エキス)、バンドエイド、洗濯ヒモ3m、カップラー
メン、パスポートなど
ダイビングの場合は機材1セット…できるだけ20kg以内にして、・・・


●諸国の温泉…温泉地は 292 ヶ所
「我が国の温泉は、大昔、まだ、医者も薬もなかった時代、病気や
 子どもの死などによる人々の悲しみのため、大巳貴尊は宿奈彦那命
 と諸国を経めぐり、温泉を見いだされて以来、・・・」
一、以下に書き出した温泉は、・・・

一、湯にあたった者には、冷水を顔に吹きかけなさい。鼻血が止まらず、
  めまいがひどい場合には、全身に水をかけるとよい。顔へ水を吹き
  かけた後、髪を解いて、あらい櫛で何度も梳けば正気に戻る。

一、湯に入る回数は7回くらいまでは入ってよい。ただし、年齢や体調
  とよく相談すること。特に疲れたときには、熱い湯に長時間入れば
  疲れはとれる。温泉が自分の病気に合っているかどうかは、入った
  あと腹が減るかどうかで判断すること。湯治中慎むべきことは暴飲
  暴食、みだらな行為、冷たい物のとりすぎなどである。湯上がりに
  体を冷やすのも良くない。

●諸国温泉
五畿内
画像

東山道
「上野伊加保 高崎より六里、湯宿十二軒壺湯三か所洗い場一か所づ
 つあり。」
「草津(高崎より二十里、滝瀬十二筋有り。様々な傷、頭痛、打撲、
 痔、なまず膚、らい病、たちの悪いできものに効く」
「御座湯、地蔵湯、綿の湯、熱之湯、滝の湯、鷲の湯」

「右伊加保、草津の両所各名湯にして優劣あるべからず、然れども
 伊香保の効草津に増るものあり、草津の効伊香保に増るものあり、
故に同国にしていずれも行わるる事猶箱根と熱海の如し。」



●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201809/article_55.html

箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_1.html

◆総論編**************************
◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html

◆各論編**************************
◆◆【古代~平安時代の伊香保・榛名】************
伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_13.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html


◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_23.html


◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_24.html


◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_7.html

◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_9.html

箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_10.html

箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
https://53922401.at.webry.info/201601/article_9.html


◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。



箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html





★明日の榛名・伊香保は「小林一茶」

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック