箕輪初心:生方▲伊香保№38≪ベルツ博士M10・M13・M14≫「楽山館」

明治10年(1877) 「楽山館」(木暮八郎経営)に泊まった。
明治13年(1880) 「楽山館」(木暮八郎経営)に泊まった。
明治14年(1881) 「楽山館」(木暮八郎経営)に泊まった。 
『日本鉱泉論』・・伊香保を例にとって改善すべき点を紹介した。
 伊香保温泉は有名になった。ベルツ博士の指導のもと、計画された
 のが温泉入浴館付自然公園の「温泉健康公園(クアパルク)」であ
 った。ドイツのバーデン・バーデンやフランスのエビアンを想定し
 たもので、木暮旅館の八千代公園が建設された。また、ベルツ博士
 は公娼制度の廃止の検討やし尿くみ取りの一括管理など環境衛生に
 ついてもの指導もした。大量のガス灯の設置は後の町営発電所建設
 につながった。また、観光客を運ぶ伊香保軌道のチンチン電車が早
くから発車した。
(★渋川伊香保温泉観光協会)
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 (露天風呂入り口のベルツ像)

箕輪初心:生方▲草津100ー『37ベルツ博士と38ベルツ花』明治11年~

箕輪初心:生方▲草津100ー37「ベルツ博士」復刻版「5ヶ所のベルツ」
https://53922401.at.webry.info/201804/article_27.html


【1】「楽山館」
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「凌雲閣」「千登世館」と名を変えた。
 全国の官公庁共済組合が買収し現施設を建設したものである
「現凌雲閣」は、伊香保神社すぐ前の「紅葉」の隣である。
浴室への廊下壁に3枚の錦絵は明治14年~16年にかけて
 浴客の土産 として販売したもので、「楽山館」での風景を
 描いたものと言われている。
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(★凌雲閣のフロントの説明板・Hpより)
・『伊香保温泉誌』の中のベルツ
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・伊香保図
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【2】伊香保温泉露天風呂の脇に沸く源泉と「ベルツの像」
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 「千明元屋敷」下の駐車場に車をおくか、・・
  伊香保石段街をのぼりつめ、伊香保神社手前を右折する。
  しばらくいくと朱塗りの橋がある紅葉の名所「河鹿(かじか)
  橋」にでる。この界隈は湯元通りと呼ばれている。
  河鹿橋からすぐ上流に伊香保温泉の源泉がある
 伊香保温泉の源泉は伊香保温泉露天風呂の入り口すぐ横にある。
 源泉の吹き出し口がある。
 湧き出す源泉は東屋の中には球体のガラスで囲われた吹き出し口が
 ある。地表に現れた源泉がコンコンと湧き出している。
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 日本温泉医学の父:ベルツ博士の像がある。
 露天風呂の一角に『若き日のベルツ博士の胸像』が建てられている
「ベルツ博士は日本温泉医学の父であり、わが伊香保温泉にとって大恩
 人であります。明治初期(1870年代)数多い日本の温泉のなかで博
 士に第一番に系統的指導を受けたのが伊香保温泉であり、この時の
 指導内容が日本鉱泉論として発表され日本温泉医学の原典になって
 おりますことは当町の最も誇りとするところであります。」
 ドイツ帝国の医師。日本の温泉効能・温泉文化を語るには欠かせない。
 特に草津温泉と伊香保温泉へのゆかりが深い。

 また、ベルツ博士は公娼制度の廃止の検討やし尿くみ取りの一括管理
 など環境衛生についてもの指導もした。大量のガス灯の設置は後の町
 営発電所建設につながった。また、観光客を運ぶ伊香保軌道のチンチ
 ン電車が早くから発車した。
(渋川伊香保温泉観光協会)
・明治43年、伊香保電気軌道として開通した東武伊香保軌道線は、
 昭和31年に廃線となるまで多くの観光客を運んだ。
 渋川~伊香保を結ぶこの線は有数の長距離軌道で、路面電車としては
 めずらしいスイッチバックをもつ路線として広く知られていた。



【3】木暮金太夫(現在伊藤園ホテルズ)のベルツの湯
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1)木暮金太夫の湯
・戦国時代、真田昌幸の時代から20代続いた。
・寛政年間 「黄金の湯」の源泉・湯元を管理していた14軒の大家の
 1つであった。
・昭和時代 木暮金太夫敬(たかし)氏は医学博士で東大医学部の
 講師、日本温泉協会会長、日本温泉気候物理医学会理事などを務めた。
  共著に『ベルツ博士と群馬の温泉』 などがある。
  ★本を持っているので、下記の部分引用した。
・昭和時代、伊香保を代表する名門クラシックホテルであったので、
  木暮武太夫同様、私も風呂に入ったことがある。
 1泊2食付き¥15000(税別)位の老舗のホテルであった。
 伊香保温泉の温泉旅館として創業500年、・・・
・平成18年(2006)4月 事実上の経営破綻になり伊東園ホテルグループ
の傘下となった。
 伊東園ホテルズは1泊2食付き¥7800(税別)である。
 食事は基本的にバイキングである。
 格安ホテルになってからは仲居さんやドアマンなどはいないが、
 フロントには可愛い女の子がいた。
★日帰り入浴は出来ないのが、残念である。



2)日帰り温泉施設『伊香保バーデハウス金太夫ベルツの湯』
伊香保温泉の入り口に・・・・温泉街から少し離れたところに日帰り
温泉の金太夫ベルツの湯があった。
「日本温泉資料館」を運営していたが、破綻に伴い閉鎖された。
・平成21年(2009)9月1日(火) 『食の駅伊香保』になった。
 地元:渋川などで採れた新鮮なお野菜や特産物など食料品全般を
 扱った食のテーマパーク『食の駅伊香保』になった。



【4】※ベルツ博士は「蒙古斑」の命名者としても知られている。
 「穴の上の尾てい骨の上が青いモンゴロイド」の話。
モンゴル人
  朝鮮人
  中国人(モンゴル系)
  日本人
  ブータン人
  かつてはマジャール人(ハンガリー人…元の侵攻→結婚で
  かつてのイヌイット(エスキモー人)
  →かつてのインディアン(古い先住民族、BC1万3000年前~
  →かつての南米原住民(


【5】ベルツの温泉旅行
●明治11年 (1878)
7月、箱根温泉 富士屋ホテルに宿泊。
      ベルツは女中の「あかぎれ」に薬を処方した。
       (ベルツの水=グリセリンカリ液として登録された。)
 夏、新潟旅行
 エルウィン・フォン・ベルツ博士が
   草津温泉・伊香保温泉に来た。
  ※コース不明
 ★高崎⇒三国街道・野田宿⇒伊香保温泉⇒中之条 
  「明治11年書留帳」(中之条町所蔵)
  「旅行免状」 「8月1日 二宮平八方二宿ス」
  草津温泉となる。


・明治12年(1789)
既に、伊香保温泉も度々訪れていたのであろう。
 12月26日~31日 熱海温泉・箱根温泉 


・明治13年(1880) 日本鉱泉論
 6月21日 内務省で細川局長と温泉場改革関する
        提案をした。
例として、熱海と伊香保を出した。
「伊香保温泉の土地改良論」である。

6月23日 「この国には高地の気候療養所がない。・・・
  ・・・箱根・草津・伊香保でよいのだか、医者がいない。」

ベルツ博士にとって温泉研究はライフワークの一つとなって
 いた。研究成果を発表していた。
  しかし、当時の草津温泉はベルツの意図するものではなかった。
 「先ず、新しい草津を今の町の外に造る必要がある。・・・
 来年帰国するのでなければ、療養所を建てるのだが・・・」
  (★『ベルツの日記』)

ベルツはこの時産婦人科医であった。助手は櫻井郁二郎であった。
   櫻井は磯部温泉・伊香保温泉は「子宝の湯」と考えた。
 伊香保温泉はベルツ以降、温泉地療法に関する研究は発展し
 戦後に至るまで、東大医学部物療内科で医事効能が研究されてきた。

8月14日~17日 伊香保温泉に逗留した

いつか不詳 川中温泉
  「低温の長時間療養も効果的・・・」
 
ベルツは花と同居した。

・明治14年(1881)、東海道御油宿(愛知県豊川市御油町)
    戸田屋のハナコ(荒井花)と結婚した。
(※14年説「ベルツに嫁ぎし頃」・20年説)
 2週間の伊香保温泉滞在 
8月5日  伊香保温泉
「せつ(癪)とリュウマチに効くと考えた。」
  「木暮金太夫」に宿泊
  ★金太夫「ベルツの湯」
  (木暮八郎の「御得意様方御姓名帳)
「いつものように歓迎された。」
  ★つまり、伊香保には以前にも来ていた。


8月15日 伊香保温泉
「湯元に通じる道、榛名湖に通じる道を整備して・・・
   芸者や笑婦(娼婦)たちをむら外れに追放して・・・」
  (★『ベルツの日記』)

・明治23年(1890)
初頭   宮内省侍医(天皇の医者)
10月14日 「・・・草津付近の白根山の火口で、発見した
   塩酸泉(鉄・明礬)は優れた医薬となるらしい。・・・
10月15日 「近藤を通じて、草津で5700坪と温泉を
    買って貰った。・・・コレラは急速に減少している。」

ベルツの進言で、伊香保と葉山に御用邸が造られることに
  なった。
 ベルツ博士によって、伊香保温泉は泉質、避暑地としての適性を
 評されたことが御用邸選定の契機となった。 
宮内省は元老院議官金井之恭の別荘と周辺を買い上げて
  「伊香保御料地」とした・


●明治26年(1893) 伊香保御用邸が完成
地元の有力者にも及んでいる。

・明治末期 ベルツの影響で木暮武太夫(武禄)が日本で最初のクアパ
 -ク(保養公園)を造った。公園は、武太夫所有の森林8000坪に
3000坪の運動場と東屋、池などが配置した。
  八千代公園と呼ばれ、湯治客に公開された。
 ドイツのバーデン・バーデンやフランスのエビアンを想定し
 たものであった。
 公園は戦争中の森林の伐採、時流の変化によって機能を失った。
 
 ヨ-ロッパで見られる理想的な温泉保養地づくりに向けて、クア
 パ-ク、道路などの環境整備、温泉治療施設の整備、温泉組織の
 設立・運営などが行われていた。 
(★木暮金太夫・中沢晁三/編著『ベルツ博士と群馬の温泉』) 
    (上毛文庫 20) 
 


【7】ベルツ博士と草津温泉
・明治11年(1878)よりベルツ博士は度々草津温泉を訪れるようにな
 り、『草津には無比の温泉以外に、日本で最上の山の空気と、全く
 理想的な飲料水がある。もしこんな土地がヨーロッパにあったとし
 たら、カルロヴィ・ヴァリ(チェコにある温泉)よりも賑わうこと
 だろう』と評価し、草津温泉を世界に紹介した。草津に温泉療養施設
 と造る計画もした。
   草津町では、ベルツ博士の功績をたたえ後世に伝えるために、
 町制施行 100周年:平成12年(2000)に『ベルツ記念館』を創
 設した。ベルツ博士の軌跡や草津温泉との関係を物語る資料、
 ベルツ博士の遺品などが展示されていた。
 唯今閉館中・・・

●西の河原にベルツの胸像とスクリバの胸像がある。


●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

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◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
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◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
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◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲箕輪城№233かみつけの里【榛名神社文書】の解説
&久保田順一先生説
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箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当
への移行」
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の伊香保温泉開発?≫
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『北国紀行』
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箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
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箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
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◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
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箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
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箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
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椋原政直と榛名神社』
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箕輪初心:生方▲高崎№27▲久保康顕先生講演会『戦国時代の榛名神社』
と井伊直政
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_53.html

◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№23『江戸時代の旅と飯盛女』&『伊香保に町人来訪』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_46.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25『榛名講』での御師の役割と『伊香保温泉』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_47.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25≪塩原太助:宝暦12年(1762) ≫:榛名神社で祈願
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_50.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭
『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。

箕輪初心:生方▲伊香保№29≪清水玄叔(烏涯)享和3年(1803)≫
『上州榛名詣』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪小林一茶:文化5年(1808)≫『草津道の記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_44.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№30≪香川景樹:文政元年(1818)?≫歌人
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№26≪清水浜臣:文政2年(1819)≫『上信日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_52.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№27 ≪安積良斎:天保9年(1838)≫榛名神社
・木暮武太夫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_1.html


◆明治時代編************************
箕輪初心▲伊香保№33≪新居守村:明治3年(1870)≫榛名神社の神仏分離取締
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_9.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35群馬県立土屋文明記念文学館
「榛名・伊香保文学紀行46人」
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2018高崎№30『鼎談』と【小栗上野介忠順企画展】
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_10.html


箕輪初心:生方▲伊香保№35≪デシャルム大尉:M6≫フランス人将校
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_12.html

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪三遊亭円朝M7≫落語家『霧隠(陰)
伊香保湯煙』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№37≪アーネスト・サトーM10 ・M28≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_14.html


★明日は

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