箕輪初心:生方▲伊香保№44≪岸田吟香:安政6年(1859) ・安政7・M12≫

①安政6年(1859)尊王論者故、安政の大獄を恐れて伊香保に潜伏。
②安政7年(1860)三河挙母藩からの脱藩で伊香保で逃亡生活。
③明治12年(1879)ジャーナリストで「楽山館」で大槻文彦と遭遇。
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◆岸田吟香の略年表**********************
・天保4年(1833) 4月28日(6月15日)
美作国久米北条郡垪和村(岡山県久米郡美咲町栃原)の大百姓
  :岸田修治郎の子として生まれた。

 幼少時、寺子屋で学んでいた。

・弘化2年(1845) 現岡山県津山市坪井下の安藤家に学僕として
過ごした

・嘉永元年(1847) 現岡山県津山市(旧津山藩)の八木家に
  お世話になった。
 津山では永田孝平、上原存軒に師亊して漢字を学んだ。
 善応寺で私塾を開き、村の青年たちに四書五経などを教えた。

・嘉永3年(1850) 江戸に出て、津山藩儒昌谷精溪の門に入った。
・嘉永5年(1850) 林図書頭の塾に学ぶ。
三河挙母藩召し抱えの中小姓として奉公した。
  脚気をわずらい郷里へ戻った。

・嘉永6年(1853)ペリー来航
藤森天山(弘庵)『海防備論』を著した。
  
・安政3年(1856) 藤沢東畡は讃岐(現香川県)出身の儒学者であり、
  中国語にも湛能で、大坂で泊園書院という塾をひらいていた。
  岸田が大坂へ出て藤沢東畡に漢学を学んだ。
 塾で学んでいる間に尊王攘夷派の中心的人物ともいうべき
  梁川星厳の知りあい、梅田雲浜、頼三樹三郎、僧:月性ら
  上方の尊王攘夷派の志士たちと親交を結んだ。

・安政4年(1857) 江戸の藤森天山に入門した。
 藤森天山は岸田吟香と梁川星厳、梅田雲浜、頼三樹三郎、僧:月性
 に会いに行った。
 藤森天山は徳川斉昭・藤田東湖とも親しい儒学者であった。
藤森天山は 『芻言』を執筆して水戸藩の徳川斉昭に建白した。

・安政5年(1858)   幕府大老井伊直は日米和親条約に調印した。
  尊王攘夷派の志士たちへの弾圧が始まった。
  藤森天山が建議書『芻言』が検閲に引っかかって幕府に追われる
  身となった。藤森天山は安政の大獄に連座し江戸で捕えられ、
  江戸町奉行から水戸降勅についての尋問を受けた。
   
安政6年(1859) 安政の大獄…徳川斉昭は永蟄居、頼三樹三郎
 ・吉田松陰・橋本左内ら多くの志士が逮捕、処刑された。
 春、藤森天山は追放刑となり下総国行徳に移った。
 建議書の代筆した岸田吟香は藤森天山との係わりを疑われ
 るのを恐れ、上州伊香保へ逃れた。
 ★約10カ月程伊香保にいたと思われる。
 
・安政7年(1560)3月、桜田門外の変
  大老井伊直弼が桜田門外で水戸の浪士に殺害された。
  岸田吟香は、密かに江戸へ帰り、上野に隠れ住んでいた。
  吟香は挙母藩の儒者に登用された。
  吟香は幼少6歳の藩主内藤文政の教育にあたるとともに藩政に
  ついても建言した。
   しかし、その建言は重臣の反発をかい、軽職に落とされたため
  脱藩した。
 ●再び伊香保へ走った。伊香保で数か月過ごした。
 
 江戸へ帰って、深川の妓楼の箱屋、湯屋の三助、左官の手伝い、
   吉原の妓楼の主人として働いた。
  きままに暮らすをもじり「ままよのぎん」と名乗っていたが、
  転じて「銀次」となり、仲間内で「銀公」と呼ばれるように
  なった。

・文久2年(1862) 29歳のころ、銀次から吟香を名乗った。
  陸游の詩の一節、「吟到梅花句亦香」から「吟香」と名乗った。
 浅草で床屋(屋台店)を開いて商いをした。
  
・文久3年(1863)4月、眼病を患い、箕作秋坪の紹介で
米国宣教師へップパ―ン(通称ヘボン)を訪ねた。
1週間ほどで治った。
 その後、ヘボンが当時手がけていた『和英語林集成』の編纂を
 手伝うようになった。
  『和英語林集成』という題名は吟香が命名したとされる。

 ジョセフ・ヒコ =浜田彦蔵を紹介され、ジョセフ・ヒコの元
 で英語を学んだ。

・元治元年(1864)、わが国最初の邦字新聞「海外新聞」を創刊した
 外国新聞を飜訳する『海外新聞』であった。

・慶応元年(1865) 「海外新聞」と改題して再発行した。
  岸田がヘボン邸へ移り住み、ヘボンとともに本格的に和英対訳
 辞書の編集を進めた。
 同時にヘボンの治療や藥の調合を手伝って医学的知識を身につけた。

・慶応2年(1866) 『和英語林集成』の印刷刊行のためにヘボンと
上海へ渡航した。
  アメリカ長老会美華書館で9カ月を印刷、校訂につとめた。
 片仮名の活字がなかったために吟香の版下に基いて鑄造しな
 ければならなかった。
・慶応3年(1867)5月、辞書は完成した。
  7月に横浜の居留地で発売された。
  ヘボンより処方を教授された眼薬「精錡水」の販売をはじめた。
★横浜の居留地で「伊香保温泉」の紹介をしたのかもしれない。

・明治2年(1869) 岸田吟香は横浜の為替商:小林勇蔵の3女カツ
 と結婚した。吟香37歳、カツが15歳のときであった。

・明治6年(1873)に東京日日新聞に入り記者、編集者として手腕を
 発揮した。

・明治7年(1874)福地源一郎が入社したので主筆の座をゆずった。
  台湾出兵に際しては国内初の従軍記者として現地から生々し
 い記事を送り、『台湾従軍記』を連載、読者の好評を博した。
 人々に新聞の便命を認識させた。
雑報記事の名手といわれ明快、平易な文章で庶民をひきつけた。
文筆活動の傍ら、諸事業を拡大し実業家としても活躍した。
 「精錡水」では、東京日日新聞の紙面に新聞広告をうち、売り上げ
  向上に活用した。新聞広告の商業的活用の嚆矢となった。
 航路開発、わが国最初の目や耳が不自由な子供たちが学ぶ「訓育院」
 を創設するなど活動した。

・明治10年(1877) 東京日日新聞発行所:日報社を退社した。
  銀座に「楽善堂」を開き売薬業に専念する。

●明治12年(1879)8月 岸田吟香は伊香保温泉に「楽山館」に泊
 まっていた。
 8月9日 大槻文彦が「楽山館」にやって来た。
 島田三郎、箕作麟祥、田中芳男、今村泰造、森槐南
(かいなん)、鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、
 講談の三遊亭円朝など東京の知名人も宿泊していた。
 
 大槻文彦は伊香保温泉・草津温泉の日記を「復軒旅日記」
 帰りも伊香保温泉「楽山館」に泊まった
●9月10日、午後2時に
 伊香保に到着した。 
 大槻文彦はこの紀行の抄録を伊香保で岸田国士の長女:岸田吟香
 に渡した。
9月22日~29日、岸田吟香は大槻文彦の作品を「上野四万草津
 沢渡遊浴記抄」として『東京日日新聞』に掲載した。
 『東京日日新聞』には広く読者に時間湯の実情が伝わった。




・明治13年(1880) 東京日日新聞在社のまま4カ月余にわたって
  上海へ渡航を許された。
  中国に上海に渡り楽善堂支店を開き、販路を
  各地に拡げた。蘇州・福州漢口などにも支店を開設し、その
  販路は中国18省に及んだという。
 商業面で成功を収める傍ら、中国各地に販路を拡大していた
 2月、榎本武揚・長岡護美・曽根俊虎らと日清の友好・貿易の為に
  興亜会(亜細亜協会)を組織した。

 楽善堂には、大陸で活動することを志す人々が集まってきた。
 岸田は活動を支援した。荒尾精は日清貿易研究所や東亜同文書院
 の設立に中心的な役割を果たすようになる。

 岸田は欧米の医療技術普及についても活動を行い、中国各地に病院
  を設けた。
 漢方薬にも注目し日本に普及させてもいる。

「楽善会訓盲院」(現筑波大学附属盲学校)を創設した。
 福祉活動にも積極的であり、盲人教育への関心も強く、前島密・
 中村正直・山尾庸三らと授業を開始した。

・明治24年(1891)58歳、四男劉生が誕生した。

・晩年は『清国地誌』の編纂に努めた。

・明治35年(1902年)6「東亜同文医学会」を発展させ
  病院「同仁会」を組織した。

・明治38年(1905)6月7日心臓病と肺炎のため亡くなった。
  満72歳。墓は東京の谷中墓地にある。

◆妻勝子とは子宝に恵まれ、7男5女をもうけた。
中国女性との間にできた子もいるようである。

岸田銀次(長男) 吟香より先に没した。
岸田艾生(次男) 吟香の名を継いだ。
岸田劉生(四男) 画家
岸田辰彌(五男) 宝塚歌劇団創設期の演出家

岸田麗子(孫) 「岸田劉生の出世作の画材となった。重文」
岸田夏子(岸田麗子の子)

◆参考サイト
http://owow.jp/event/1703ginkou/


●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201809/article_55.html

箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_1.html

◆総論編**************************
◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201302/article_5.html

箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html

◆各論編**************************
◆◆【古代~平安時代の伊香保・榛名】************
伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_13.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html


◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_23.html


◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_24.html

◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲箕輪城№233かみつけの里【榛名神社文書】の解説
&久保田順一先生説
https://53922401.at.webry.info/201612/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当
への移行」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_6.html


箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
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◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
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箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
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箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
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箕輪初心:生方▲井伊直政№261久保康顕先生初出史料『西郷正次・
椋原政直と榛名神社』
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箕輪初心:生方▲高崎№27▲久保康顕先生講演会『戦国時代の榛名神社』
と井伊直政
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_53.html

◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№23『江戸時代の旅と飯盛女』&『伊香保に町人来訪』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_46.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25『榛名講』での御師の役割と『伊香保温泉』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_47.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25≪塩原太助:宝暦12年(1762) ≫:榛名神社で祈願
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_50.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭
『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。

箕輪初心:生方▲伊香保№29≪清水玄叔(烏涯)享和3年(1803)≫
『上州榛名詣』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪小林一茶:文化5年(1808)≫『草津道の記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_44.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№30≪香川景樹:文政元年(1818)?≫歌人
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№26≪清水浜臣:文政2年(1819)≫『上信日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_52.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№27 ≪安積良斎:天保9年(1838)≫榛名神社
・木暮武太夫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_1.html


◆明治時代編************************
箕輪初心▲伊香保№33≪新居守村:明治3年(1870)≫榛名神社の神仏分離取締
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_9.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35群馬県立土屋文明記念文学館
「榛名・伊香保文学紀行46人」
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2018高崎№30『鼎談』と【小栗上野介忠順企画展】
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_10.html


箕輪初心:生方▲伊香保№35≪デシャルム大尉:M6≫フランス人将校
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_12.html

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪三遊亭円朝M7≫落語家『霧隠(陰)
伊香保湯煙』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№37≪アーネスト・サトーM10 ・M28≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№38≪ベルツ博士M10・M13・M14≫「楽山館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№39≪小林虎三郎M10≫『米百俵』と「伊香保日記」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_19.html

箕輪初心:生方▲伊香保№42≪英照皇太后陛下(考明天皇の皇后)M12≫「凌雲閣」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№43≪大槻文彦M12・M15・M40 ≫「楽山館」「村松旅館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_22.html


★明日は箕作麟祥かな・


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