箕輪初心:生方▲伊香保№77≪長塚節M41「濃霧の歌」≫榛名山

明治四41年(1908)9月1日、上州松井田の宿より村閭の間を求
めて榛名山を越ゆ、湖畔を傳ひて所謂榛原の平を過ぐるにたまたま
濃霧の來り襲ふに逢ひければ乃ち此の歌を作る。長塚節は榛名山で
15の短歌を詠んだ。
画像

 (長塚節は濃霧の榛名山だった。)


箕輪初心◆茨城常総市【疑似豊田城】&長塚節の生涯
http://53922401.at.webry.info/201403/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津100ー54「長塚節(たかし)M30」短命の中で偉業
https://53922401.at.webry.info/201805/article_9.html


「水打てば 青ほおずきの 袋にも 
  したたりぬらん たそがれにけり 」
(『長塚節歌集』:土屋文明記念文学館)
「 惜しまるる 花のこずゑも この雨の 
  晴れてののちや 若葉なるらむ 」




・ 明治38年(1905)草津温泉
明治三十年七月、予上毛草津の温泉に浴しき、地は四面めぐらすに
重疊たる山嶽を以てし、風物の一も眼を慰むるに足るものあることなし。
滞留洵に十一週日時に或は野花を探りて僅に無聊を銷するに過ぎず、
その間一日淺間の山嶺に雲の峰の上騰するを見て始めて天地の壯大なる
を感じたりき。いま乃ちこれを取りて短歌七首を作る。(十月五日作)

芒野ゆふりさけ見れば淺間嶺に没日(いりひ)に燒けて雲たち出でぬ

とことはに燃ゆる火の山淺間山天の遙に立てる雲かも

楯なはる山の眞洞におもはぬに雲の八つ峰をけふ見つるかも

まなかひの狹國(さきくに)なれど怪しくも遙けきかもよ雲の八つ峰は

淺間嶺にたち騰る雲は天地に輝る日の宮の天の眞柱

淺間嶺は雲のたちしかば常の日は天に見しかど低山に見ゆ

眞柱と聳えし雲は燃ゆる火の蓋しか消ちし行方知らずも臺が原に入る

白妙にかはらはゝこのさきつゞく釜無川に日は暮れむとす

   四日、臺が原驛外

小雀(こがらめ)の榎の木に騷ぐ朝まだき木綿波雲に見ゆる山の秀(ほ)

信州に入る



・明治41年(1908)松井田⇒榛名山
初秋の歌
小夜深にさきて散るとふ稗草のひそやかにして秋さりぬらむ

馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに來る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

芋の葉にこぼるゝ玉のこぼれこぼれ子芋は白く凝りつゝあらむ

濃霧の歌
  明治四十一年九月十一日上州松井田の宿より村閭の間を求
 めて榛名山を越ゆ、湖畔を傳ひて所謂榛原の平を過ぐるに
  たまたま濃霧の來り襲ふに逢ひければ乃ち此の歌を作る

群山の尾ぬれに秀でし相馬嶺ゆいづ湧き出でし天つ霧かも

ゆゝしくも見ゆる霧かも倒に相馬が嶽ゆ搖りおろし來ぬ

はろ/゛\に 匂へる秋の草原を浪の偃ふ如霧逼り来も

…(12の短歌略)

(『日本』昭和四十一年一月日本新聞社
    『青き上に:榛名・伊香保の文学紀行』所収:土屋文明記念文学館)


◆長塚節の短い生涯
・明治12年(1879)、石下町国生(現常総市国生)の豪農で
  父:長塚:源次郎、母たかの長男として生まれた。
 ★私は生家に行ったきがするが・・・石下城も行った。

  (★パンフレットより)

 3歳のころに小倉百人一首をそらんじ、神童といわれた。

・明治20年(1887) 父:長塚源次郎は県会議員になった。
  (明治40年には第20代議長を務めた。)

・明治22年(1889)4月 茨城中学校(後茨城県立水戸中学校、
 現茨城県立水戸第一高等学校)に首席で入学した。
★水戸城内本丸・薬い門がある学校である。
 ★山口薫も水戸一高であった。
 ★トルコで一緒だったS田恭ちゃんもお母さんになったろう。
 
2年生の学年試験では、平均84点で102人中3番の成績であった。
  3年生の頃から、不眠症の徴候が出てきた。
 4年生に進級後が脳神経衰弱を発症した。

・明治26年(1893) 学業継続困難となり
   回復しないため退学した。

 郷里:国生に帰り自然に親しみながら読書・作歌や旅をして
 療養・健康回復に努めた。
 さまざまな文学への関心を高めていった。

●明治30年 長塚節が草津に来た。
 「長塚節歌集」中の「浅間の雲」

 (★こんな身支度で・・・)

・明治31年(1898) 2月~ 3月
  正岡子規が、新聞「日本」に掲載した『歌よみに与ふる書』・
 『百中十首』を家で熟読し、写生の歌を学び始め、正岡子規に
  傾倒した。、
 19歳の時、写生説に激しく共感した。
、子規の許を直接訪ね、入門、『アララギ』の創刊に携わることになる。

・明治33年(1900)
2月15日、 長塚節が新聞『日本』 に掲載された。
「野を行けば ただに楽しく 森行けば
        こととしもなく ものぞ偲ばゆ」
「すがの根の ながなかし日も 日も傾きて 
         上野の森の 影よこたはる」

  (★『相逢の人と文学』千葉貢著:コールサック者2016)


3月27日 22歳の時は、初めて正岡子規(33歳)
  の居宅「子規庵」を訪問した。
  が、先客があって気おくれし、話さなかった
 3月28日  再度訪問し面会した。
 3月31日  3回目の訪問時は
  正岡子規は、火をつけた線香を持ってこさせ、「それが燃え尽きる間
  にここの実景を歌に詠め。」と命じた。
  長塚節は
 『歌人の 竹の里人 おとなへば
   やまひの牀に 絵をかきてあり』
  に始まる10首を詠んだ。

 4月3日 節の誕生日に新聞「日本」に掲載された。
   長塚節は大変感激していていた。

 正岡子規入門後は愛弟子として伊藤左千夫、岡麓、香取秀真、
 高浜虚子、河東碧梧桐らと活躍するとともに、全国各地に旅する
 ようになった。

 正岡子規のところでは、「馬酔木(あしび)」の編集同人として活躍
 した

 伊藤左千夫とともに、「アララギ」を創刊し、頭角をあらわした。

 一方で、病気療養を兼ね、菅笠、草鞋という軽装で諸国を旅し、
 旧所、名跡を訪ねて歌を詠んだ。万葉集の歌風を取り入れた節の歌は、
 自然を限りなく深い眼差しでとらえている。

また、父の政治活動による浪費で傾いた家運の挽回をはかるため、
 炭焼きの研究や竹林栽培に情熱を傾けた。
 正岡子規の助言を守り岡田村青年会の初代青年会長となり堆肥の
 改良など農村振興に努めた。


・明治40年(1907) 11月 写生文「佐渡が島」を『ホトトギス』に
  発表した。
  高浜虚子に明治40年度の客観写生文の第一の傑作と賞された。
長塚節は歌人として名を成した。
 夏目漱石の意向・推挙で東京朝日新聞に長編小説「土」を連載するこ
 とになった。
 厳しい自然への洞察力とともに人間への深い愛情が発揮された。
農村を写実的に描写した長編「土」は農民文学のさきがけとなる
 重要な作品と評価され、長塚節の代表作となった。
作家としての名声も手に入れた





・明治44年(1911) 12月 喉頭結核の診断を下された。
  東京や福岡の病院で治療に努めながら、各地を旅した。

・大正3年(1914) 231首の短歌を詠んだ「鍼の如く」を発表した。

・大正4年(1915) 2月9日、福岡県の九州帝国大学医科大学
  (現九州大学医学部)付属病院でなくなった、36歳の若さだった。


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【2】長塚節
 長塚節は明治12年4月3日、茨城県岡田郡国生村(現結
城郡石下町国生)に父:源次郎・母:たかの長男として生まれた。
3才の時、いろはを確実に読み百人一首を暗誦するなど神
童振りを発揮した。
学令に満たない5才の時、国生小学校に入学、下妻高等小
学校を経て明治22年茨城尋常中学校(現、水戸一高)に
入学、常に首席を占めていた。
 しかし健康がすぐれないため4年のとき中学校を退学、以
来家郷に在って気の趣くままに旅を志し自然の美を探勝しな
がら療養につとめた。
明治33年の春かねて感銘敬慕していた正岡子規に入門、
もっぱら万葉集の歌風を学び36年には根岸短歌会の機関誌
「馬酔木」の編集同人として活躍した。
40年前後には家運の挽回をはかるべく炭焼きの研究、竹林
の栽培に情熱を傾けた。
 また岡田村青年会を創設し、初代青年会長となって青年の
指導と農村振興に努力した。
41年には伊藤左千夫たちと「アララギ」を創刊し、短歌
から写生文そして小説へとますます意慾のほどをみせ「芋堀」
「開業医」「旅日記の一節」「菜の花」「おふさ」「教師」「隣室
の客」「愛せられざる花」「太十と其犬」などを、ホトトギス
誌上などに発表した。
 更に43年には不朽の名作「土」を夏目漱石の推挙により
朝日新聞に6月13日から151回に亘って発表した。
44年黒田てる子との縁談が成立(われ33年にしてはじめ
て婦人の情味を解したり)と喜んだが、それも束の間、病魔の
冒すところとなり婚約を解消して療養生活に追込まれる。
 この間名作「鍼の如く」231首を詠んだ。
因みに「土」につづいて死刑囚をモデルにした大作を構想し
ていたが、未発表のまま大正4年2月8日旅先福岡医大の病室
に於いて37才の短い生涯を閉じたのである。
昭和45年大阪万国博覧会における毎日新聞社の企画により、
古来から現代に至る日本の文化百般に亘る最高の業績の物を
タイムカプセルに納めて5千年後の人々に紹介することにな
り、厳選の結果近代歌集については5点が選ばれたが、勿論
そのなかに「長塚節の歌集」が含まれたということは、とり
もなおさずその真価を物語るものである。

 (★説明板&パンフレットより)



★★ 長塚節の生涯 ★★
・明治12年(1879)4月3日 茨城県結城郡岡田村国生
(現常総市石下町国生)の豪農の家に生まれる。

・明治15年(1882)3歳
  百人一首を暗誦できた(伝)。

・明治17年(1884) 5歳 
    国生小学校に入学。

・明治26年(1893) 茨城県立水戸尋常中学校に入学。
※現水戸一高である
首席で入学し、4年進級までした。

・明治29年(1896) 神経衰弱を発症して学業継続困難と
  なり・・・水戸中学校を4年で退学。
郷里の石下に戻った。
  自然や読書に親しむ生活を送りながら療養に努めた。
  ・・・→文学への関心を高めていった。
 (★パンフレットより)


・明治31年(1898) 19歳
  家で購読していた新聞「日本」に連載された正岡子規
  の『歌よみに与ふる書』などを読んだ。
  写生説に激しく共感し、正岡子規に傾倒した。
 6月 東京築地の山田病院に入院。
    神経衰弱の治療を受けた。 

・明治33年(1900)
 3月28日 根岸庵に正岡子規を訪問。・・・
       正岡子規の門下に入門した。
 
 3月30日 再訪。「根岸庵」の十首を作った。
   「日本」に掲載された。
4月1日 根岸庵歌会に出席し、伊藤左千夫らを知る。

  正岡子規の下では万葉の短歌の研究と作歌にはげんだ。

・明治35年(1902) 正岡子規逝去。
  上京する。

  長塚節は正岡子規の没後も写生主義を継承した作風を
  発展させた。
  正岡子規の門人の間では、
  「節こそが正岡子規の詠風の正統な後継者である」
  との評価が生まれた。

・明治36年(1903)根岸短歌会「馬酔木」を創刊。
伊藤左千夫らとともに編集に加わった。
  また、散文の執筆も手掛け、写生文を筆頭に数々の小説を
  『ホトトギス』に寄稿した。

炭焼き&竹林の研究をした。

・明治41年(1907)
  伊藤左千夫らとともに『アララギ』の創刊した。
短歌→写生文→小説へと文学の幅を広げた。

明治41年(1908)9月1日、上州松井田の宿より村閭の間を求
めて榛名山を越ゆ、湖畔を傳ひて所謂榛原の平を過ぐるにたまたま
濃霧の來り襲ふに逢ひければ乃ち此の歌を作る。




・明治43年(1910) 「土」の原稿を手がけた。
夏目漱石の推挙で、朝日新聞に151回連載した。

・明治44年(1911)
  黒田てる子と離婚。
 8月頃
  東京目白台の小布施新三郎家へ養子縁組した実弟:
  順次郎を頼って上京した。
  小布施邸に滞在しながら東京の名医といわれる医家を
   も廻って診察してもらった。
  「喉頭結核でこのままでは余命一年か一年半」
  と言われた。

 12月 東京の根岸養生院に入院し手術を受けた。


・明治45年、大正元年(1912)3月
九州帝国大学医学部耳鼻咽喉科学:久保猪之吉博士が
  いるとの評判を聞き、博士の治療を受けるために、治
  療を続けながら九州への長旅に出立する。

  途次、京都医科大学病院に入院し手術を受ける。
  その後9月まで九州を旅行・・・
  久保博士の診察治療を受け、病状はいったん治まる。

・明治45年(1915)
  長編「土」を『東京朝日新聞』に連載・・・
  当時の農村を写実的に描写した。
  ※農民文学のさきがけとなる重要な作品と評価され、
  彼の代表作となった。


※東京朝日新聞に連載した小説「土」は日本の農民文学を
 確立した作品といわれたそうだ。


【土】・・・明治45年発刊
 烈しい西風が目に見みえぬ大きな塊をごうつと打うち
つけては又ごうつと打うちつけて、皆痩せこけた落葉
木の林を一日苛め通とほした。木の枝は時々と悲痛の響
きを立てて泣いた。短い冬の日はもう落ちかけて黄色な
光を放射しつゝ目叩いた。さうして西風はどうかすると
ぱつたり止やんで終まつたかと思もふ程ほど靜かになつ
た。泥を拗切つて投げたやうな雲が不規則に林の上に凝
然とひつゝいて居て空はまだ騷さわがしいことを示めし
て居る。それで時々は思ひ出したやうに木の枝がざわざわ
と鳴る。世間が俄かに心ぼそくなつた。
お品は復た天秤てを卸ろした。お品は竹の短かい天秤
ての先へ木の枝で拵しらへた小さな鍵の手をぶらさげて
それで手桶の柄を引つ懸けて居た。お品は百姓の隙間
には村から豆腐を仕入れて出ては二三ヶ村を歩いて來る
のが例である。手桶で持ち出すだけのことだから資本も
要らない代はりには儲けも薄いのであるが、それでも百
姓ばかりして居るよりも日毎に目に見えた小遣錢が取
れるのでもう暫くさうして居た。手桶一提の豆腐ではい
つもの處をぐるりと廻れば屹度なくなつた。還りには
豆腐との壞れで幾らか白くなつた水を棄てゝ天秤は輕く
なるのである。お品は何時でも日のあるうちに夜なべに
繩に綯ふ藁へ水を掛けて置いたり、落葉を攫つて見たり
そこらこゝらと手を動かすことを止めなかつた。天性が
丈夫なのでお品は仕事を苦しいと思つたことはなかつた。
・・後略・・・。


★夏目漱石が推薦の言葉を書いていた。
  やっぱ、凄い文学者だったんだと思った。
 でも、旧字体で挿絵もなかった。綺麗な情緒的な
 文章であったが、私はすぐに力尽きた。
 最初の文章だけコピーした。


・大正2年(1913) 12月、喉頭結核再発。
   東京神田の金沢医院に入院・・・手術を受けた。


・大正3年(1914)
3月 東京神田錦町の橋田医院に入院。
6月~9月 治療を受けながら宮崎県青島へ旅行に出た。


•大正4年(1915)
1月 「鍼の如く(五)」を「アララギ」 に発表。
    
   九州帝大病院隔離病棟に入院。
(★パンフレットでは福岡医大)

2月7日 昏睡状態に陥った。
2月8日 福岡医大の病室に於いて結核のために
   37歳で死去。永眠。
   ★37才の短い生涯を閉じたのである。
  福岡の崇福寺で荼毘にふされる。
  遺骨は東京に運ばれた。
  東京目白台の小布施邸で通夜が営まれた。

3月14日 葬儀は郷里にて執り行われ、
     故郷の共同墓地に埋葬された。

現在・・・常総市では節の文業を顕彰し、短編小説・短歌・
  俳句の三部門に長塚節文学賞を設けているそうだ。

・疑似豊田城前の銅像


【5】気に入った短歌
①春
「水仙の 花にむしろも おほひあへず
    小さき庭を かせ時雨きぬ 」

②夏
「生れしはを のこなるらむ 菖蒲草 
   ふきし軒端に  幟たてたり 」

③秋
「萩こえし 垣をまがりて 右にをれて
   根岸すぐれば  むしぞなくなる 」

④冬
「 船にねて 船をいづれば 曉の
はつ雪しろし かけはしの上に 」


◆参考図書等
・パンフレット
・「土」:長塚節著
・長塚節
・「長塚節歌集」長塚節著・斎藤茂吉編集:岩波文庫
・「相逢(そうふ)の人と文学」千葉貢著2016年




●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********
箕輪初心:生方▲温泉大国:群馬県①【混浴風呂37?】②『お薦め温泉宿』
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箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
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◆総論編**************************
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箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
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箕輪初心:生方▲【水沢うどん13軒】のミニ情報
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箕輪初心:生方▲『水沢うどん&高崎市北部のうどん屋選ひのポイント・コツ』
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箕輪初心:生方▲【水沢うどん:清水屋】&『地球屋のギネス飾り雛』
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◆各論編**************************
◆◆【古代~平安時代の伊香保・榛名】************
伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
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箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html


◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_23.html


◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_24.html

◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲箕輪城№233かみつけの里【榛名神社文書】の解説
&久保田順一先生説
https://53922401.at.webry.info/201612/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当
への移行」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_6.html


箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
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箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
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箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
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◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
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真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
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(幸村)ブログ一覧
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椋原政直と榛名神社』
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箕輪初心★2019最近の元旦定番『初日の出は箕輪城付近、初詣は長純寺』
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箕輪初心:生方▲箕輪城№278『2019年1月少雪』&水沢『ラーメン:わたりや』
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箕輪初心:生方▲「日高病院からの井伊直政の領有地」
&箕輪城№279『直政時代の本丸』
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_1.html

箕輪初心:生方▲「日高病院からの井伊直政の領有地遠望」&
箕輪城№279『直政時代の本丸』
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_1.html

箕輪初心:生方▲伊香保№75【井伊直政・直孝・直勝の伊香保支配は
41年か?】
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_3.html




◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№23『江戸時代の旅と飯盛女』&『伊香保に町人来訪』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_46.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25『榛名講』での御師の役割と『伊香保温泉』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_47.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25≪塩原太助:宝暦12年(1762) ≫:榛名神社で祈願
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_50.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭
『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。

箕輪初心:生方▲伊香保№29≪清水玄叔(烏涯)享和3年(1803)≫
『上州榛名詣』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪小林一茶:文化5年(1808)≫『草津道の記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_44.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№30≪香川景樹:文政元年(1818)?≫歌人
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№26≪清水浜臣:文政2年(1819)≫『上信日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_52.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№27 ≪安積良斎:天保9年(1838)≫榛名神社
・木暮武太夫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_1.html


◆明治時代編************************
箕輪初心▲伊香保№33≪新居守村:明治3年(1870)≫榛名神社の神仏分離取締
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_9.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35群馬県立土屋文明記念文学館
「榛名・伊香保文学紀行46人」
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2018高崎№30『鼎談』と【小栗上野介忠順企画展】
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35≪デシャルム大尉:M6≫フランス人将校
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_12.html

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪三遊亭円朝M7≫落語家『霧隠(陰)
伊香保湯煙』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№37≪アーネスト・サトーM10 ・M28≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№38≪ベルツ博士M10・M13・M14≫「楽山館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№39≪小林虎三郎M10≫『米百俵』と「伊香保日記」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_19.html

箕輪初心:生方▲伊香保№42≪英照皇太后陛下(考明天皇の皇后)M12≫「凌雲閣」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№43≪大槻文彦M12・M15・M40 ≫「楽山館」「村松旅館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№44≪岸田吟香:安政6年(1859) ・安政7・M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_24.html
★非常にユニークな人生を歩んだ。

箕輪初心:生方▲伊香保№46≪箕作麟祥M12楽山館≫法学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_25.html
箕輪初心:生方▲伊香保№47≪田中芳男:M12≫パリ万博→上野動物園設立
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_26.html

箕輪初心:生方▲伊香保№48≪島田三郎:M12「楽山館」≫書記官:衆議院議員
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_28.html

箕輪初心:生方▲伊香保№49≪森槐南M12≫漢詩人、官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_30.html

箕輪初心:生方▲伊香保№50≪鈴木(鯱)松塘(しょうとう)M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_31.html

箕輪初心:生方▲伊香保№51≪北村重威M12≫築地精養軒・上野精養軒
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_34.html

箕輪初心:生方▲伊香保№52≪成島柳北M12:木暮武太夫泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№53≪末広鉄腸M12木暮武太夫11泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_36.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪英照皇太后:M12/M13「楽山館」≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_38.html

おまけ****************************
箕輪初心:生方▲歴史に隠れた大商人「清水卯三郎」のパリ万博と
『ジャポニズム』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_40.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫
「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№54≪三島中州:M13木暮武太夫泊≫漢学者・官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16?≫ 「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫ 「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№56≪新島襄・新島八重M22:千明仁泉亭で療養≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№57≪小沢如風:M22≫
&「伊香保・榛名ブログ途中経過一覧」
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_2.html

箕輪初心:生方▲伊香保№58 ≪金井之恭:伊香保の別荘≫
→『ハワイ公使館』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№59≪ロバート・W・アルウィン≫ハワイ公使別邸
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№60-1『夏目漱石M27』大塚楠緒子との結末?
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_5.html

箕輪初心:伊香保№60-2『徳川家康家臣:夏目吉信と子孫夏目漱石
の温泉廻り』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№61≪夏目漱石の憧れ大塚楠緒子M27≫
『湯の香38』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_8.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62『大塚楠緒子をめぐる夏目漱石
と大塚保治M27』の関係
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62『大塚楠緒子をめぐる夏目漱石と大塚保治M27』
の関係
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62≪大隈重信M29『宮内省御用邸』≫:政治家・教育者
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保番外編『原田龍二「昼めし旅」
『伊香保温泉&水沢:わたりや』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№64≪井上馨M29『宮内省御用邸』≫
井上武子等鹿鳴館の華
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№65≪岩崎弥之助M29≫「2代目三菱」・政治家
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№66≪河東碧梧桐M29『宮内省御用邸』≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№67≪樫村清徳M29:『宮内省御用邸』≫東大、医者
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№68≪ 布畦(ハワイ)公使:正木退藏≫来たかも?
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_19.html

箕輪初心:生方▲伊香保№69≪新渡戸稲造M30≫五千円札
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№70≪山口寒水M36≫渋川市出身『氷採人夫』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№71≪松根東洋城M38「伊香保雑詠」12句≫柳原白蓮
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№72≪徳冨蘆花M31?『千明仁泉亭』≫
「不如帰と大山捨松」
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№73≪大正天皇M35≫『伊香保御用邸4泊5日?』
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№74≪木下尚江M39「木暮金太夫旅館」1年1カ月≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№75≪鈴木秋風M44≫ 『伊香保案内』
https://ubu3blog.at.webry.info/201903/article_4.html

******************************
箕輪初心:生方▲伊香保番外編『チンチン電車M43~S31』
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_40.html

箕輪初心:生方▲伊香保番外編『半田勝三:M43(1910)湯の花
まんじゅう製造開始』
https://ubu3blog.at.webry.info/201903/article_1.html

箕輪初心:生方▲伊香保№76≪迪宮裕仁親王・淳宮雍仁親王
・光宮宣仁親王:M44年≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201903/article_6.html

◆◆【大正時代の伊香保・榛名】******************








●伊香保TV番組~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
箕輪初心:生方▲伊香保番外編TV「マルハンさんのCM」
&テレビ埼玉JOYnt![SP]
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保番外編『原田龍二「昼めし旅」
『伊香保温泉&水沢:わたりや』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_13.html

箕輪初心:生方▲土曜SP「鉄道沿線ひたすら歩き旅4」
『群馬の湯けむり列車:吾妻線』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_18.html

箕輪初心:生方▲伊香保番外編:ロケ地『頭文字D』『テルマエ・ロマエ』
『伊香保殺人事件』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_23.html

箕輪初心:生方▲『テルマエ・ロマエ』群馬の温泉「Ⅰ伊香保」
「Ⅱ草津・法師・宝川」
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_30.html

箕輪初心:生方▲番外編:伝統温泉の旅『伊香保温泉と千明仁泉亭』
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_31.html

箕輪初心:生方▲伊香保番外編:なきゆき街道旅『伊香保であったかグルメ』
小栁ルミ子
https://ubu3blog.at.webry.info/201902/article_33.html






★明日の伊香保は大町桂月かな?

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