箕輪初心:生方▲2019西伊豆ダイビング旅行10-⑤温泉№27『戸田温泉』&「へダ号」

ダイビングのメッカ:西伊豆『大瀬崎』で、どうにかダイビングを
させていただき、伊豆西街道【夕日のロマンチック街道】を進む。
伊豆半島の西の肩の部分を回り込むと井田になる。更に南下する
と「戸田」になる。戸田は日本で初めて洋式帆船が造船されたこ
とでも有名である。戸田温泉15軒の旅館やホテル・36軒の民宿
がある温泉街となる。御浜岬海水浴場は戸田漁港の正面にある砂
嘴にある海水浴場で賑わっている。タカアシガニは、日本近海の
深海に生息する巨大なカニで、9月~5月に主にトロール船によ
る深海底引き網漁と、深海かご網漁で水揚げされる。10回以上、
戸田村を通っているが、タカアシガニは4500円~15000円するの
で、食べたことがない。介護生活で金を使い切れないのにケチな
私は・・・まだ、迷っている。
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◆2019年夏***********************

箕輪初心:生方▲2019西伊豆ダイビング旅行10-①2泊3日総集編
&伊豆ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201908/article_9.html

箕輪初心:生方▲2019西伊豆ダイビング旅行:10-②
「長浜城4回目」
https://ubu3blog.at.webry.info/201908/article_10.html

箕輪初心:生方▲2019西伊豆ダイビング旅行10-③「タイバーを
眺めながらの後悔」
https://ubu3blog.at.webry.info/201908/article_11.html

箕輪初心:生方▲2019西伊豆ダイビング旅行10-④
「大瀬崎ダイビング16回目」
https://ubu3blog.at.webry.info/201908/article_12.html







~~~西伊豆シリーズ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
箕輪初心:生方◆西伊豆①【夕日のロマンチック街道の
 これからのブログ予定総論
http://53922401.at.webry.info/201510/article_3.html

箕輪初心:生方●西伊豆②「三枚橋城→沼津城」:武田信玄も侵攻した城
http://53922401.at.webry.info/201510/article_10.html

箕輪初心:生方★西伊豆③【若山牧水と沼津千本松原】
http://53922401.at.webry.info/201510/article_11.html

箕輪初心:生方◆西伊豆④【沼津港界隈の散策】&『グルメ記録』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_12.html

箕輪初心:生方▲西伊豆⑤『沼津港口公園:本居長世の碑』~
沼津御用邸~
http://53922401.at.webry.info/201510/article_13.html

箕輪初心:生方●西伊豆⑥【獅子浜館&獅子浜城遠望&獅子浜ダイビング】
http://53922401.at.webry.info/201510/article_14.html

箕輪初心:生方▲西伊豆⑦『三津浜』クルージング&三津城主:松下氏
http://53922401.at.webry.info/201510/article_15.html

箕輪初心:生方▲西伊豆⑧『長浜城1回目の復元前』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_16.html

箕輪初心:生方●西伊豆⑨『復元後の長浜城3回目』=北条水軍の城
http://53922401.at.webry.info/201609/article_6.html

箕輪初心:生方●西伊豆⑩『長浜城&重須の戦い:武田VS北条』詳細編
http://53922401.at.webry.info/201609/article_7.html

箕輪初心:生方▲西伊豆⑪【沼津市西浦平沢のグルメ】&『My伊豆ブログ集』

箕輪初心:生方▲西伊豆⑫『江梨鈴木氏館=海蔵禅寺&航浦禅寺』
http://53922401.at.webry.info/201609/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊豆西⑬【大瀬崎散策】と『鈴木繁伴館』
http://53922401.at.webry.info/201609/article_12.html

箕輪初心:生方▼西伊豆⑭【2016夏:大瀬崎ダイビング15回目】
http://53922401.at.webry.info/201609/article_13.html

箕輪初心:生方▲西伊豆⑮沼津市井田「井田の歴史とダイビング」
http://53922401.at.webry.info/201609/article_14.html


【1日目】8月5日
●05: 30 群馬~沼津長泉 5600円高速代

●09:30長浜城・・・・①

●10:00 平沢ダイビングセンター

●10:25 大瀬崎 ダイビング

●11:00 大瀬崎散策 ・・・②
  
   
ダイビング2 (ちどりマリンダイバーズ)
▼12:15 【1本目】D№791「大瀬崎湾内」
ガイド「富士市:勝亦秀典氏」
イロカエルアンコウ(黄)

イロカエルアンコウ(赤)

ヒレナガネジリンボウ

昼食大瀬館「大瀬丼」1080円

▼12:15 【2本目】D№792「大瀬崎湾内」
・ガラスハゼ4個体

・イボイソバナガニ

・ゼブラガニ

・カミソリウオ(ペア)

  11800円


井田村・戸田村***********************
●煌めきの丘
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 井田村は小さな村。江戸城の石を切り出した。
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・眼下に戸田集落や田畑、湾の風景はまるで絵のようである。
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 大瀬崎の展望をもっと良くした感じで、御浜岬が戸田湾を形成
 している。 
 ★この景観も大好きである。
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・戸田・・・「とだ」でなく、「へだ」である。
「戸田」を「へだ」と知っている群馬県人は私の回りには
 3人しかいなかった。
①群馬潜水堂:高橋師匠・・・コースディレクターは伊豆が多い。
②元職場同僚:設楽・・・タカアシガニ食べたさに宿泊した。
③中学校同級生:丸山・・・高校時代の文通相手が戸田だった。

●戸田観光協会          0558-94-3115
●戸田観光センター旅館民宿案内所 0558-94-3115
営業:9:00~17:00

○観光案内所
・左折する。

●戸田温泉「くらら」 日帰り温泉『戸田壱の湯』 500円 ・・・③
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○宝泉寺・・・プチャーチン等の宿だった。
乗組員の墓がある。

○松城邸

○戸田漁港水産加工所

●戸田港
●温泉の「戸田村の漁業」
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※戸田名物
 高足ガニ
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 海産物
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・はんぺん
 (パンフレット) 
 戸田塩
 ジェラート
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●タカアシガニ(9月解禁)の食べられる戸田村の食堂
「魚重」
「お食事処 ゆうなぎ」
「の一食堂」
「網元 光徳丸直営店お食事処 かにや 戸田本店」
「魚清」・・・タカアシガニ4500円~


●駿河湾に突き出た岬にある御浜海岸遊歩道の散策
松原に駐車場あり。

●若山牧水の御浜崎の歌碑
 灯台近くの松の木の下にある。
『伊豆の国 戸田の港ゆ 船出すと
  はしなく見たれ   富士の高嶺を 』
 ・大正7年(1918)1月、戸田港の定期船から
 詠んだものだという。


●御浜海水浴場・・・白砂の海水浴場である。
内浦で非常安心できる家族連れの人気のビーチである。

●灯台

●造船郷土博物館
・「ヘダ号」…戸田村に感謝し命名された日露合同で造船された
 西洋式帆船の船名であった。
 

●温泉の「戸田号」案内*********************
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◆◆ プチャーチン&戸田村 ◆◆****************

・嘉永5年(1852)
 エフィム・プチャーチンは皇帝ニコライ1世から海軍中将&
 侍従武官長を命じられた。
 皇帝ニコライ1世により日本との条約締結のために遣日全権使節
 に任じられた。日本と平和的に交渉することを命令された。

 9月 ロシアのペテルブルクを出発した。
   イギリスに渡りボストーク号を購入した。
11月 クロンシュタットを出港した旗艦パルラダ号がイギリスの
    ポーツマス港に到着した。
   旗艦パルラダ号に乗り、ボストーク号を従えてポーツマスを
   出港した。
   スペイン沖→アフリカ西部→喜望峰→セイロン(スリランカ)
   インドネシア→フィリピンを経由した。
   小笠原の父島でオリバーツァ号&メンシコフ号と合流した。

  直接江戸に赴き交渉する予定であったが、日本に配慮して日
  本の対外国窓口である長崎の平戸に向かうことにした。

・嘉永6年(1853) 6月3日(7月8日) 
ペリーが浦賀沖に来航した。

・嘉永6年(1853) 7月18日(8月22日)
旗艦パルラダ号以下4隻の艦隊を率いて長崎に来航した。
長崎奉行:大沢安宅に国書を渡し、江戸から幕府の全権が到着する
 のを待った。
 
11月、クリミア戦争の激化
  ロシア黒海艦隊がオスマン帝国艦隊の黒海南岸の港湾都市
  シノープで奇襲攻撃をかけた。艦船と港湾施設まで徹底的
  に破壊した。
  一方的な攻撃だったため、各国のメディアは『シノープの
  虐殺』と報道した。
  イギリス軍が極東のロシア軍を攻撃するため艦隊を差し向け
  たという情報を得た。

11月23日 プチャーチンは長崎を離れ、上海に向かった。
(★実際のイギリス&フランスの参戦は翌年3月だった。)
12月5日(1854年1月3日)
  再び長崎に戻った。
幕府全権の川路聖謨、筒井政憲と計6回に渡り会談した。
  交渉は「将来日本が他国と通商条約を締結した場合にはロシアに
 も同一の条件の待遇を与える。」ことなどで合意した。

・嘉永7年((1854)1月8日(2月5日)
プチャーチンはマニラへ向かった。
 マニラで船の修理や補給を行ったが、旗艦パルラダ号は木造の
 老朽船であった。

※安政元年(1854)3月(4月18日)ペリーは下田に入港した。

9月 ロシア沿海州(極東ロシア)のインペラトール湾
(ハバロフスク)で、プチャーチンはディアナ号に乗り換えた。
 フリゲート艦「ディアナ号」は200t級であった。

 旗艦以外の3隻の船は、イギリス艦隊との戦闘に備えるため
 沿海州に残った。
 プチャーチンはディアナ号単艦で再び日本に向かった。
10月7日、川路聖謨が下田へ出張した。

8月30日(10月21日) プチャーチンは函館に入港した。
  交渉を拒否されたため大阪へ向かった。

9月 プチャーチンは大坂の天保山沖に到着した。
  大阪奉行から下田へ回航するよう要請を受けた。

10月14日(12月3日) プチャーチンは下田に入港した。
ロシアの海軍中将:エフィム・プチャーチンは日本との
  国交樹立交渉のため、フリゲート艦「ディアナ号」
  (200t級)で下田港に停泊していた。

 江戸幕府は再び川路聖謨、筒井政憲らを下田へ派遣した。
 プチャーチンとの交渉を行わせた。
  長崎に来航したロシア使節エフィム・プチャーチンとの交渉
  大目付格槍奉行の筒井政憲、
  勘定吟味役・村垣範正、
  下田奉行・伊沢政義、
  海岸防禦御用掛・応接掛:川路聖謨(としあきら)54歳 
  儒者・古賀謹一郎と共に担当した。
11月3日(12月22日) 下田の玉泉寺で


11月4日(12月23日) 安政東海地震が発生。
  推定マグニチュード8クラスの大地震であった。
  太平洋沿岸地域には津波による甚大な被害がでた。地震による
  死者は数千人にものぼったと推定されている。
★3,11東日本大地震クラスだったのであろう。
 【安政の大地震の代官宛文書の輪読中】
  伊豆の津波の被害にあった。下田一帯も大きな被害を受けた。
  下田は壊滅的な打撃を受け、全戸数の90%以上を流失した。
  85人もの死者を出した。
  
  c
 ディアナ号は半日もの間、湾内を旋回した後、大破した。
  ディアナ号は船底を破損してしまった。
  ディアナ号の乗組員にも死傷者が出た。
 津波が引いた。
 プチャーチン一行は、津波の混乱の中、波にさらわれた日本人数名を
 救助し、船医が看護した。
「お手伝いをしたい。」と協力を願い出た。
 全権は筒井政憲
 実質は川路聖謨(としあきら)はロシア応接掛であった。
 ★幕府関係者らにも好印象を与えた。

 伊豆代官:江川英龍は伊豆管轄各地の被害状況を把握して対応を指揮
 とった。
 プチャーチンが日露通好条約締結に向けて交渉をしている最中で
  あったが、交渉を中断せざるを得なかった。

11月13日 (1855年1月1日)
 中断されていた外交交渉が再開された。
  
 プチャーチンはディアナ号の修理を幕府に要請した。
 
 伊豆代官:江川英龍は勘定奉行:川路聖謨と協議し、座礁したディアナ
 号を西伊豆の戸田(現沼津市)に回航して修理させるころにした。
 はじめは妻良であった。

 交渉の結果・・・伊豆の戸田村(現沼津市)が修理地と決定した。
 ディアナ号は応急修理をすると戸田港へ向かった。
 プチャーチンの頼みで、修理責任者が江川英龍となった。

 11月27日(1855年1月15日)
ところが、下田から戸田に向かったディアナ号は、
  予想外の悪天候で強い風波により浸水し、航行不能となった。
  戸田に入港することができず、田子の浦沖から駿河国富士郡宮島
  村(現富士市)沖まで流されて座礁してしまった。

沼津藩水野出羽守がディアナ号の漂流を知り、救助に向かわせた。
  ロシア人乗組員約400人は救助された。
 乗組員は周囲の村人の救助で無事であった。
  プチャーチンと乗組員は、地元の人々により、宮島村(静岡県富士市)
  に上陸した。
  ロシア人一行は地元の人々に対し大いに感謝した(伝)。

  ディアナ号は漁船数十艘により曳航されたが、沈没してしまった。
  大時化になったからである。 

 プチャーチン一行は戸田に滞在した。
 宝泉寺がチャーチン等の宿だった。
ディアナ号にあった他の船の設計図を元にロシア人乗組員
 スクーネル(スクーナー)が中型帆船を設計した。
 ロシア人乗組員の設計した船は、2本マストの帆船で
 であった。
 戸田村の牛ケ洞にての建造が始まった。
 ロシア人指導の下、日本の船大工により代船の建造が開始された。
日本人300人とロシア人500人の計800人もいた。
 建造にあたった日本人は戸田村および周辺から集められた船大工
  であった。
 大きな長屋を作ることになった。
 ★日本史上初ともいえる日露合同の造船が行われた。

60人乗りで、プチャーチン一行が全て乗船することが出来
 ない大きさであった。

警固は100人程・・・・
  北の井田村は小笠原領内 
南の土肥は沼津藩水野領内
修善寺は代官:江川英龍の地・・・・

 プチャーチンは帰国ための船の建造を幕府に願い出た。
 
 江川英龍は再度川路と連絡を取り、戸田においてディアナ号の代船を
 建造する方針を固めた。
 
12月6日 江川太郎左衞門英龍は指揮官として戸田に来た。
 プチャーチンは幕府から代船の建造の許可された。

 江川が村の名主や船大工を呼び寄せた。
 「勝呂、山田。斎藤、斎藤、服部、辻、太田、松城の8名
  は造船御用掛をする。・・・」
 
 しかし、200tクラスのディアナ号と同等の洋式船を建造するこ
  とのできる設備は戸田にはなかった。
  また、代船引き渡しまで100日という期限が決められていた。
  従って、100tクラスの船を建造することになった。

 仮奉行所は船名主:勝呂弥三兵衛の屋敷になった。
道竜川の南地区の高台にあった。
4本の道に関所・御浜には番所を置き、尊皇攘夷派から
ロシア人を守るようにした。
12月20日 川路聖謨(かわじ としあきら) 
  ロシアと国境、和親通商について交渉した。


・安政元年(1855)12月21日(1855年2月7日)
 プチャーチンは遂に日露和親条約の締結に成功させた。
川路聖謨は日露和親条約を調印した。


12月26日 

・安政2年(1856
2月 プチャーチンは下田に入港していたアメリカ船を雇い、159名
  の部下をペトロパブロフスク・カムチャツキーへ先発させた。

 

・安政2年(1856)3月10日(4月26日)帆船は完成し竣工した。
 着工から3ヶ月という短期間で、2本のマストを備えた小さな帆
 船が竣工した。帆船はロシアに引き渡された。
 プチャーチンは、戸田村の人への感謝をこめて「ヘダ号」と名付けた。
★日本で建造された初めての本格的な西洋式帆船であった。
 
3月22日(5月8日)
部下47名と共にヘダ号に乗り、ペトロパブロフスクに
向けて出港した。

5月21日 ペトロパブロフスクに入港した.。
 しかし、既に英仏連合軍は撃退され、ロシア軍の防衛隊も退却
 していた。
 6月20日 宗谷海峡を通ってニコラエフスクに辿り着いた。
   プチャーチンは陸路を進んだ。
 11月 ペテルブルクにやっと帰還を果たした。
 
プチャーチン以下47名が3年ぶりに祖国に帰還した。

  
・安政3年(1856) 日露友好の「ヘダ号」は日本に返還された。
ロシア政府は日本の対応に感謝の意を込めて、戸田号に52門
 の大砲を載せて返還された。


  ★ヘダ号模型(戸田造船郷土史料博物館蔵)

7月 残った乗組員300名程がドイツ船でロシア領を目指した。
   途中でイギリス船に拿捕され捕虜となってしまった。

安政4年(1857)
8月4日(9月21日)
プチャーチンは軍艦アメリカ号で再度長崎に来航した。
 水野忠徳らと交渉した。
10月27日(9月10日)、日露追加条約を締結した。

  
・戊辰戦争の箱館戦争で幕府軍が使用された。
  青森まで攻撃に行った。
 榎本武揚や土方歳三は沈没を見ていたかもしれない。
 西軍を迎え撃ったからである。
 記録の詳細は、わかっていない。

また、戸田号建造にあたった人々によって、その後も同型の
 西洋式帆船が建造された。
 建造地の郡名をとって「君沢形」と呼ばれた。
    
◆参考図書
「明日へ虹をかけた船」
~日露友好のシンボル・戸田号建造物語~
 森下研著PHP研究所 1996年
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◆参考サイト
・ウィキペデイア
・現地住人某Hp
・江川ブログなど
参考にまとめさせていただいた。


●戸田観光協会          0558-94-3115
 戸田観光センター旅館民宿案内所 0558-94-3115
営業:9:00~17:00



「丸吉食堂」

「さかなや魚清」タカアシガニ定食と深海エビ4500円~

○戸田温泉・・・旅館13軒・民宿120軒(★るるぶでは)
 旅館9軒、ペンション4軒、民宿36軒(別のHpでは)
 ★大瀬崎ダイビングと今度はセットにしよう。
 いつも土肥温泉か雲見温泉になってしまうので、・・・

●タカアシガニ(9月解禁)の食べられる戸田村の旅館・ホテル

基本宿泊は2人以上なので、料理を作って貰えるか不安~~~~
(ゆこゆこネット)
×①戸田温泉 ときわや (人気の宿)
  素泊まりプラン最安値8,640円〜(税抜)1泊1人
タカアシガニ付き約25000円~

×②海のほてる いさば(人気の宿)
  宿泊プラン:高足蟹釜蒸・あわび踊り焼きプラン
  「高足ガニ」17,820円 ~

×③TagoreHarborHostel
戸田321−17•070-3247-3697
14800円~

◆⑤磯割烹の宿 山市 沼津市戸田523
「高足ガニ」

◆⑥民宿 波止場苑 沼津市戸田538


⑦美浜レステル 沼津市戸田362-5
ビジネスプラン1泊2食8100円税込 9720円

●⑧磯の宿 峯松 沼津市戸田376-17
  0558-94-3694
¥17,200~

⑨民宿 よしのや 戸田809−2•0558-94-3074
¥18,200~

⑩民宿「いおり」
0558-94-2344



奧へ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆⑪網元の宿 清進丸 漁師直営の宿
   戸田799-5  TEL0558-94-4488
普通10,001~11,000円(大人1人あたり税込) ~15000円
   「高足ガニ」18000~?

⑫海鮮料理の宿 ふくや

⑬民宿「美里」

⑬民宿 富士城

⑭民宿さくら
0558-94-4015  23,200~
⑮山田園

●⑯磯味の宿 魚庵さゝ家「人気の店」
  素泊まりプラン最安値7,560円〜(税抜)1泊1人
+近くの食堂で食べる。
宿泊プラン:約18000~

⑰フルーツランドギャラリー 沼津市戸田3878-159

⑱西伊豆 今宵「人気の宿」 沼津市戸田3878-86
宿泊プラン:16,800円~「高足ガニ」

⑲ピーディフライ・リゾートハウス 沼津市戸田3703-61

⑳民宿なりた
 戸田3697−13•0558-94-5051
************************************



●碧の丘


●伊東園西伊豆
 8月6日の宿泊、やっぱり、断られた。
 できれば、熱海の伊東園ホテルズに泊まりたいが、設定がない
 とのこと、・・・
  ニューフジヤホテル 直通Tel.0557-81-0111

●18:20 土肥矢木沢温泉 ・・・・④
 泊:おもひで野 じんで3つ星

●18:45 夕食

【2日目】8月6日(火)
04:30 起床

07:00朝食

精算12560

黄金崎ダイビングセンター ・・・・・⑤
当日であるが、許可を戴いた。
山中氏が迎えに来た。
「一度も私どもも講習を受けていませんが・・・」
「あ、間違った。群馬の潜水堂ときていただけでした。」
群馬潜水堂の高橋先生の紹介の中野さんにあった。
ガイド「名古屋:大澤真衣氏23歳」
▼黄金崎ダイビングD№793
・マダイの「ダイチャン」のお出迎え
 (4年前、猟師さんがツブ貝・アコヤガイを捕るため、
  石を裏返していたところ、多くの魚にマダイが参加。
  大きなマダイなので、「ダイちゃん」と名付けた。
 高木剛彦氏曰わく、・・・・
  最近、仲間もいる。
・また、私が名前を付けた大きな
 1万円以上する石鯛の「いっシャン」も人間に近づく。)
・きたまくら
・ネジリンボウ






▼黄金崎ダイビングD№794


▼黄金崎ダイビングD№794


●城ヶ崎海岸


●18:20 土肥温泉「昭和館」・・・・⑥






【3日目】
朝散策「若山牧水」
土肥温泉「昭和館」精算 13110円

「安良里」でダイビング・・・・・⑦

▼安良里ボートダイビングD№796
ガイド「名古屋:高木剛彦氏…TATSUMI・黄金崎のオーナー」


▼安良里ボートダイビングD№797




●「よこ田」食堂「海鮮丼」1600円



●14:45 安良里
~~~~~238km4時間15分~~~~~~~~
~~~~3日間の合計約700km~~~~~~~~~~

●19:00 家


費用 
燃料費      約7000円
高速代等      11280円(前橋⇔沼津)往復
          +600円  
ダイビング     11800円
16800円
17200円
宿泊代       12110円
13110円
酒・飲み物    約3000円
温泉         500円
お土産        3000円
合計       約90000円?



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