箕輪初心:生方▲箕輪城№292『箕輪城てくてくマップ』&イタリア厨房『パターテ』

令和元年(2019)12月17日、岡田先生より『箕輪城てくてくマップ』
をいただいた。可愛いイラストが書かれている。
家に帰って、ちょっと読んでみた。「あれま、数カ所、間違っているとこ
とがあるじゃん、市教委の秋本先生や語り部の会の岡田会長に聞いてから
発行すればよかったにねえ。あれえ、箕郷支所地域振興課なのに特定のレ
ストランを取りあげている。商工会ならレストランがOKであるが、公平
であるべき、箕郷支所が掲載となってはおかしいのでは?、ほかの食堂・
レストラン・お菓子屋・ケーキ屋がいい気持ちしないよね。きっと。
病院の帰り、『トラットリア バンビーナ』の1300円「魚介類のトマ
ト」+180円「コーヒー」は1750円で高かろう、★★★★★旨かろ
うの人気店だった。ソース」と比較するためイタリア厨房『パターテ』で
895円「有頭エビのトマトクリーム」セットで1328円で、安かろう、
水っぽいだろう、ピザはちょっと旨かろう、サラダ、メロンジュース
うんと食い過ぎるだろうの人気店だった。
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 (榛名山の雪・ 正面の雪の降っていない山の右部分は
 上善地砦)


『箕輪城てくてくマップ』間違い・加筆を指摘しておきますので、
改訂版が出る時、参考にしてください。
★可愛いイラスト
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【1】『箕輪城てくてくマップ』の気づいた間違い
1,箕輪城の歴史、構造等
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 ①「間違い上野守護代」・・・当時、上野国には守護代
 がいません。

 守護:安達氏・守護代はいたのは鎌倉時代です。
 関東管領の上杉氏、家宰の長尾氏、ただの武将、
 白旗一揆の長野氏です。

  間違い②「南北1100m、面積36ha」・・・国有地としての長さ
と面積です。
  実際は約、1350m、面積47haです。

 1-5 搦め手口
  間違い③「長野氏時代~北条氏時代は大手門でした。」
  実際は、内宿とか、上ノ宿、浦宿(裏宿)・矢原宿・田宿の名前が
  あるので、すうっと、大手口です。

間違い④「大手口の大手ことう門」
大手口は丸戸張を越えた場所、槻木門のあった場所です。

地域振興課作成なら「箕輪城祭・きつねの嫁入り」も
 ここに加えて欲しいものです。

2,石上寺
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  疑問⑤「寺伝では貞観4年、在原業平が・・・」
「寺伝しかありません。在原業平は上野国には来ていま
せん。」在原業平は
伊勢に行っていたので「伊勢物語」を書いています。
削除はするか「寺伝では貞観4年、在原業平が創建したと
 されています。 実際には文明6年(1474)に年号が入ってい
 る石憧(せきどう)があることから、これ以前に、石上寺は
 長野氏の菩提寺として箕輪城の鬼門に造られたと考えられます。」
  

  文明6年(1474)に石上寺&東向八幡神社が造られた。
 館あるいは城より、お寺を先に造る人はまず
いないので、文明6年(1474)には既に、箕輪館あるいは
   箕輪城が造られていたことになると考えられる。
  従って、私は箕輪城築城を文明6年(1474)以前と考えている。

   疑問⑤「弘治3年、炎上しました。」
出典がかいてありません。実際はどの軍記物にもありません。

疑問⑥「井伊直政が再建しました。」
    出典が書いていません
。「龍門寺縁起」だと思いますが、・・・
「「龍門寺縁起」慶長7年
   (略)
   北方五六丁程隔丸山御
    蔵場にて御座候 此地尤と被仰上候
    得婆境内四方五百軒地形被致候
    処近所寺院之内御取立に預り度
    願各々有之候得共御樣引無之為 (略)

①龍門寺は井伊家菩提寺
    「所寺院之内御取立に預り」とあるので、
②石上寺・・・井伊家祈願所
③万松寺・・・中野直之の妻
(井伊直政伯母恵徳院)は開山
 滝沢寺4代和尚が開基。

    長野業実は浜川千五百貫に入った。(侍中由緒帳長野家)

間違い⑦「鞘町に移りました。」
正しくは「分寺されました。」

3、龍門寺
 間違い⑧「白庵が高崎と命名しました。」
 断定してはいけません。
「榛名山龍門寺、高崎山龍廣寺です。」
『高崎の名前の由来』は井伊直政が「高崎」と命名したということ
なっている。一般的には、①井伊直政が「恵徳寺の開山:大獄山瀧
澤寺4世大光普照禅師龍山詠譚和尚」と相談した説(恵徳寺石碑)
と②「龍廣寺(箕輪龍門寺末寺)開山:白庵和尚」と相談した説が
ある。『高崎志』川野辺寛著:寛政元年(1789)の記述は白庵和尚を
紹介している。『高崎城:ウィキペディア』では「龍山詠譚和尚」を
あげ、『高崎市:ウィキペディア』では「龍廣寺:白庵和尚」載せ
ている。高崎市の「歴史巡りマップ」にも「龍廣寺が地名ゆかりの
寺」とある。しかし、高崎の由来については、『高崎市史(昭和2
年)』には、井伊直政は「高崎」命名以前に、反町文書などに「高
崎」の文字が掲載され、『中仙道宿史』根岸省三編:高崎市社会教
育振興会1974にも天正2年(15749)の鉄下駄に「高崎」の文字が彫
られていると絵入りで掲載されている。『高崎漫歩』土屋喜英著:
高崎地方史料普及会1989 にもあった気がするが記憶が定かではない。

4,矢原宿
  加筆⑨「長野時代・北条時代からあった宿と考えられている。
なぜなら、連雀町、紺屋町(こうやまち)、鍛冶町など、町が
井伊直政の時代の町名だからです。
5,鬼子母神とシダレザクラで知られる妙福寺
加筆⑩ 「鬼子母神」ですが、この寺には「鬼の角がありません。
  鬼が心を入れ替えたので、角をとったと伝えられています。
カタカナの「ム」ではなく。・・・・」
 
 加筆⑪浜川町から「長中山正法寺」として入ってきました。
   長野氏、中沢氏の名前から長中山と言われています。
  武田信玄により「妙福寺」となり、井伊直政の時代に
 「正法寺」として、再建されました。慶長三年、高崎に
移りました。再び、「妙福寺」なりました。

6,旧下田邸書院
加筆⑫「安土桃山様式なので、井伊直政の時代の欄間が残って
  いたのかもしれません。箕輪城に庭園がないことから、
  この場所は井伊直政のお茶室がったかもしれません。」

 加筆⑬「堀部安兵衛は青翠園や金竜寺庭園、妙福寺庭園も
  造ったという言い伝えがあります。」

7,東向八幡宮
 加筆⑭ 「石上寺と同じ。文明6年(1474)に年号が入っている
  石憧(せいどう)があるからです。創建当時は寺もありました。」

疑問⑮「全快しました。」
断定してはいけまん

 「・・・と伝えられています。」
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8、上芝の水車
加筆⑯「現在は早瀬川になっていますが、長野氏時代に
 造られた堰を利用して、・・・明治時代に、・・・」

9,長純寺
 加筆⑰「上芝に裏鬼門の寺として、創建されましたが、榛名白川の
  洪水で流出してしまいました。・・・」

 加筆⑱「代々の菩提寺」
この記述はやめた方がいいと思います。
流失したので、・・・

加筆⑲「弘治3年の奉加帳が残っていて、長野氏の同心(一緒に
  戦う契約をしている武将)が木材を寄付しました。」

間違い⑳「墓所」
「供養塔」の間違いです。


11、鳴沢湖
 加筆21「中部用水という」と入れるべきです

14、関口コオ切り絵美術館
 加筆22「安中出身の・・・」

15、16
箕郷支所
地域振興課なに特定のレストランを取りあげている。商工会ならレス
トランがOKであるが、公平であるべき、箕郷支所が掲載となっては
おかしいのでは?、ほかの食堂・レストランがいい気持ちしないよね。

★最高においしいケーキは「ジェノアーズ」です。




『高崎新聞』のHpによると、高崎市箕郷支所は、国史跡箕輪城跡
と周辺散策のイラストマップ「箕輪城てくてくマップ」を作成した。
箕輪城周辺の散策マップは初めて箕輪城や箕郷地域を訪れる人には、
とても役立つ観光ツールとなる。マップには箕輪城や寺社、名所旧
跡、ひと休みできるお店などが掲載され、まち歩きを楽しんでもらえ
るよう工夫している。箕郷地域は自動車を使って来訪する人が中心と
なっていることから、無料駐車場や公衆トイレの場所が示されている。
マップ裏面では、箕輪城や名所旧跡の歴史を紹介する説明文、箕郷地
域の伝統行事やイベントの歳時記を紹介している。
マップは箕郷支所管内の公共施設や店舗、バス・タクシーの営業所な
どで配布していく予定。

産経新聞
国指定史跡で「日本百名城」にも選ばれている箕輪城跡(群馬県高崎
市箕郷町)。全国的な城ブームの中、高崎市は箕輪城跡を中心とした
同町箕輪地区の散策ガイドを初めて作成、来秋には地区内に「もてな
し拠点」も整備するなど観光活性化に力を入れ始めた。3年前の城門
整備を機に県外からのファンも増えており、さらに拡大させる。

 箕輪城は戦国期の16世紀初頭、地域を支配した長野氏が築城した。
「猛将」とうたわれた業正が、侵略を繰り返す甲斐の武田信玄に対抗
した居城としても知られる。支配者は武田、織田、徳川と移り、家
康配下の井伊直政が入城し近代城郭に改造されたが、高崎城への移封
に伴い、築城から80年余りで廃城となった。

 河岸段丘に曲輪を配した平山城で、東西500メートル、南北11
00メートルと広大な城地には遺構として石垣や土塁、空堀などが残
る。平成28年11月には城門「郭馬出西虎口門(かくうまだしに
しこぐちもん)」が整備され、県外から訪れるファンや観光客も増え
つつあるという。

 市がまとめた散策ガイド「箕輪城周辺まちあるきガイド『箕輪城て
くてくマップ』」は、そんな人向けに箕輪城の歴史や構造などの説明
のほか、井伊直政が天正18(1590)年に創建した龍門寺や城下
町として栄えた矢原宿など地区に点在する名所・旧跡、さらに
カフェなどの位置も表示。効率的に巡る散策ルートも明記した。



【2】グルメ対決
1)、『トラットリア バンビーナ』
1300円「魚介類のトマト」+180円「コーヒー」は1750円。
高かろう、★★★★★旨かろうの人気店だった。
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2)イタリア厨房『パターテ』
895円「有頭エビのトマトクリーム」セットで1328円
ちょっと安かろう、水っぽいだろう、ピザはちょっと旨かろう、
サラダ、メロンジュースうんと食い過ぎるだろうの人気店だった。
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【3】夕食
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【4】朝食
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この記事へのコメント

宗春
2019年12月27日 18:19
こんばんは、このマップに関しては岡田先生が事前にダメ出ししたのに、それを訂正しもせずに発行したらしいです。だいぶ前に先生から聞かされました。雑談でですけどね。担当者はめんどくさかったのでしょうかねえ? わからないですけど。