テーマ:戦国武将&偉人

箕輪初心:生方▲2018高崎№51和田健一先生の高崎学講演『高崎の剣術家の墓等』

平成30年12月15日(土)高崎市生涯学習フェスティバル「高崎学 検定シンポジウム」が高崎市市民活動センター・ソシアス市民ホール であった。吹奏楽演奏・表彰式・高崎学博士の話、講演会「「石碑が伝 える郷土の歴史~伊香保の額論と幕末の高崎」などがあった。和田先生 、掲載許可を得ていませんが、掲載させていただきたくお願い申し上げ …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018高崎№47『小栗上野介顕彰碑』と「小栗家の歴史」

平成30年(2018)12月1日 倉渕の道の駅「おぐりの里でランチ」で 講演会の打ち合わせをした。⇒「おぐりの里でランチ・野菜の買い物」 「小栗上野介顕彰碑」に行って見た。合掌。 【47】平成30年(2018)12月1日 倉渕 ・朝食 1)「おぐりの里でランチと買い物  ★★★★中嶋さん、ごちそうさま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018高崎№45『法華寺:西郷正次』&46『暢神荘で法事』

平成30年(2018)11月25日 井伊直政時代の中仙道に行った。 『正法寺』⇒『一里塚』⇒『大雲寺』前⇒『法華寺』前を通った・ 慶長3年(1598)井伊直政が箕輪から和田の地に移って高崎城を築城 した.。実際は西郷正次(正員)、早川弥惣右衛門、川手良則、孕石 備前守らが縄張りをしたのであろうが・・・。法華寺は西郷正次は 開基…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018高崎№42『正法寺』43『一里塚』44『大雲寺』

平成30年(2018)11月25日 井伊直政時代の中仙道に行った。 『正法寺』⇒『一里塚』⇒『大雲寺』前⇒『法華寺』前を通った・ 慶長3年(1598)井伊直政が箕輪から和田の地に移って高崎城を築城 した.。実際は西郷正次(正員)、早川弥惣右衛門、川手良則、孕石 備前守らが縄張りをしたのであろうが・・・、 ◆№41『九蔵町』…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018高崎№36 ~38「井伊直政時代の中仙道」と『安国寺』

平成30年(2018)11月17日 森田氏を偲ぶ会→延養寺→井伊直政時 代の中仙道→法華寺・・・ 【36】平成30年(2018)11月17日「モントレー」で森田さんを偲ぶ会 ・10階からの眺め ・食事 【37】平成30年(2018)11月17日井伊直政時代の中仙道 此の細い路地が井…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018高崎№35 「延養寺・高崎城二の丸」

平成29年(2017)4月30日 延養寺・高崎城・市役所での長野堰発表会 見物をした。 【35】平成29年(2017)4月30日 延養寺 (★2018年には写真を撮らなかったので、) ・至徳年間(1384~1387) 岩鼻村(高崎市岩鼻町)に真言宗道場  「延養寺」が開山した。 ・南北朝時代 上…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018桐生『彦部屋敷』後編「彦部氏の戦国時代」復刻版

平成30年(2018)11月23日、国指定史跡「彦部屋敷」に行った。 ※永禄3年(1560)近衛前嗣・彦部信勝は長尾景虎(上杉謙信) に会いに春日山に下向した。しかし、長尾景虎は関東に出兵した後だった。 厩橋で合流した。「長尾景虎は、厩橋で厩橋長野氏を馬が騒いだとし、 殺した。」と関東古戦録にはあるが、真偽は不明。・・・ 長尾…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018桐生『彦部屋敷』前編「式の格闘シーン」等

平成30年(2018)11月23日、桐生の彦部家に行った。彦部家では 「秋の紅葉狩りウイーク」の一貫として、篤夫先生のもと、企画展が 行われた。「彦部家散策」→「式の格闘シーン撮影」→栁澤先生所蔵 「長野業政の甲冑複製品」披露→「関口先生の箕輪紹介」→彦部家特 製「銀杏ご飯とけんちん汁」→「彦部家の文書講演会・シンポジウム」 …
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲福島旅行④『会津若松』内藤信節・西郷頼母・萱野長修

平成30年(2018)11月21日~22日、福島県にバス旅行に行った。 「会津若松城→大内宿→磐梯熱海温泉→金刀比羅神社→塩屋崎灯台」 である。会津若松城見物後は、鶴ヶ城会館でランチ。早く、飯食って、 散策だ。会津葵→内藤邸→西郷邸→宮泉→萱野邸に行けた。 内藤家先祖は武田信玄の家臣で箕輪城代(高崎市)であった。 西郷家の先祖…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲福島旅行③『会津若松城5回目』と『会津武士・子女』

平成30年(2018) 11月21日~22日の福島旅行の基本は「会津 でランチ→会津若松城→大内宿→磐梯熱海温泉→金刀比羅神社→塩 屋崎灯台」である。会津若松城5回目である。昨日は私にとっての 会津のロシア・ヨーロッパ組・山川浩、田中茂手記、パリ万博経由、 視察組:横山常守と海老名季昌&スペサー銃で戦った新島八重、横 山常守に…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲福島旅行②『会津若松城5回目』と福島の城ブログ一覧

平成30年(2018) 11月21日~22日の福島旅行の基本は「会津 でランチ→会津若松城→大内宿→磐梯熱海温泉→金刀比羅神社→塩 屋崎灯台」である。会津若松城5回目である。昨日は私にとっての 会津のロシア・ヨーロッパ組・山川浩、田中茂手記、パリ万博経由、 視察組:横山常守と海老名季昌&スペサー銃で戦った新島八重、横 山常守に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№56≪新島襄・新島八重M22:千明仁泉亭で療養≫

『上毛かるた』では「平和の使い新島襄」とある。新島襄は内村鑑三 と同じく、群馬県と関連性はどうなのであろうか?廃娼運動等社会貢 献・群馬にも多くのキリスト教の弟子・安中教会のきっかけ・新島学 園のきっかけ・・・等、 NHKの大河ドラマ「八重の桜」では、新 島襄が八重と安中を訪れたが・・・。新島八重の2回目は京都を発ち、 伊香…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲幕府・薩摩藩・佐賀藩・清水のパリ万博②影響「ジャポニズム」

慶応3年(1867) 4月~11月のパリ万博に参加した。日本からは、 幕府・薩摩藩・佐賀藩・商人の清水卯三郎が出品した。 パリ万国博覧会は、「ジャポニスム」の流行を引き起こした。 陶芸・工芸・絵画・音楽等で影響を及ぼした。 箕輪初心:生方▲歴史に隠れた大商人「清水卯三郎」のパリ万博と 『ジャポニズム』 https:…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲幕府・薩摩藩・佐賀藩・清水卯三郎のパリ万博:①歴史的過程

1862年、第2回ロンドン万博では日本コーナーにイギリスの駐日  公使:オールコック(R. Alcock)の収集品が展示した。 ・元治2年(1865) 江戸幕府はフランスのナポレオンⅢ世から、駐日  公使のレオン・ロッシュを通じて、第2回パリ万国博覧会(1867  年開催)への招聘が届いた ・慶応元年(1866)4月、江戸幕…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲歴史に隠れた大商人「清水卯三郎」のパリ万博と『ジャポニズム』

今井博昭「歴史に隠れた大商人『清水卯三郎』 (幻冬舎ルネッサン ス新書2014/12/4)アマゾンで840円で購入した。 ・文政12年(1829)、羽生領町場村(現羽生市)で酒造業を営 む家に生まれた清水卯三郎は、横浜に出て、戦国時代の上野国箕 輪城主:立石斧次郎(長野智子アナウンサー先祖)に英語を学び、 その才を生かして、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫ 「榛名湖水質調査報告書」

上毛カルタ「心の灯台 内村鑑三」・・・殆ど、群馬にいなかった。 ★どこで見たのか、内村鑑三「榛名湖水質調査報告書」。流石、札幌農 学校(北海道大学水産学部)。しかし、文献が見つからない。 農商務省の水産課に勤務し、群馬に来た時しか、調査書は作れない。 明治16年(1883)夏~明治17年(1884)にかけてであろう。 ・明治1…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪英照皇太后:M12/M13「楽山館」≫

◆明治6年には英照皇后「富岡製糸工場」を訪問した。 ■明治12年には畏(かしこ)くも、皇太后陛下の行啓があった。  (★鈴木秋風「伊香保案内」) ■明治13年、英照皇后が「凌雲(楽山館)で雷にあわれた。  避雷針が設置された。」(三島中州「香山(榛名山)雑詩」)  ★雷の説明は「凌雲閣の明治12年説」・「三島中州の明治13年説…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№54≪末広鉄腸M12木暮武太夫11泊≫ジャーナリスト

明治12年(1879)9月5日 『朝野新聞』社長成島柳北と編集長 :末広鉄腸は東京を出発し、9月6日 成島柳北・末広鉄腸は 伊香保に着いた。木暮武太夫に泊まった。 9月17日 成島柳北は伊香保を出発した。    渋川→金古→高崎、信濃屋に宿泊した。 9月18日 人力車で出発した。・・・・・東京に着いた。 ★この間、「楽山館…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№52≪成島柳北M12:木暮武太夫泊≫ジャーナリスト

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪成島柳北M12:木暮武太夫11泊≫ジャーナリスト ●明治12年(1879) 9月6日~9月17日、 朝野新聞社長:成島 柳北、朝野新聞編集長:末広鉄腸と伊香保の木暮武太夫に泊まった。 (朝野新聞社長:成島柳北、朝野新聞編集長:末広鉄腸 成島柳北…「徳川実紀」編集家系、海軍奉行、欧州…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№51≪北村重威M12≫築地精養軒・上野精養軒

上野精養軒の支店「レストラン ムーセイオン」(台東区上野公園 国立科学博物館内)のレストランでランチを食べたことがある。 ●明治12年(1879)8月 箕作麟祥、ジャーナリスト:岸田吟香  島田三郎、田中芳男、今村泰造、森槐南(かいなん)、  鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、  講談の三遊亭円朝など東京の知名…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№51 ≪今村泰造=和郎M12≫官僚

●明治12年(1879)8月 箕作麟祥、ジャーナリスト:岸田吟香  島田三郎、田中芳男、今村泰造、森槐南(かいなん)、  鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、  講談の三遊亭円朝など東京の知名人も伊香保温泉に「楽山館」  に泊まっていた。  (大槻文彦「伊香保誌」)  ★おそらく、数人?は一緒に来たので…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方●2018『箕郷文化祭』MY陶芸作品&山口薫作品「クマと娘」

平成29年(2017)11月11日・12日の箕郷文化祭の「陶芸作品」 を出品した。工芸部門・書道部門・絵画部門・華道部門などがあった。 今年は「山口薫研究会」の作品が出品された。山口薫先生の作品 って、いくら位するのだろうか?、高崎シティギャラリーの「山口 薫展」の情報…「竹林とクマと娘」情報を所有者:栁沢先生から得た。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方■城№954伊勢崎『赤堀城』土塁の残る中規模の古城

平成30年(2018)10月27日、高崎で「高崎学検定」を受けた。 竹内さんとランチでイオン高崎の「源ちゃん」で『日替わり海鮮 丼と唐揚げ』を食べた。笠懸への下道で行く途中、伊勢崎の 『赤堀城』によることにした。『カナディアン・ブラス』at笠懸野文 化ホールでの演奏会まで、1時間の余裕があった。赤堀城は 藤原秀郷の末裔とされる…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№48≪島田三郎:M12「楽山館」≫書記官:衆議院議員

●明治12年(1879)8月 箕作麟祥、岸田吟香  島田三郎、田中芳男、今村泰造、森槐南(かいなん)、  鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、  講談の三遊亭円朝など東京の知名人も伊香保温泉に「楽山館」  (木暮八郎)に泊まっていた。  (大槻文彦「伊香保誌」)  (楽山館→凌雲閣) ★おそらく、数人…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018久保田順一先生講演会『上州白旗一揆の時代』

久保田先生の本は3冊購入。久保田順一『室町・戦国期 上野 の地域社会』 岩田書院 2006)は図書館から借用中である。 久保田先生の解説による旅行は2回、参加させて戴いた。講演会は 10回近く聞かせて戴いたことになるだろうか? 平成30年(2018)3月、みやま文庫 から久保田順一著『上州白旗 一揆の時代』が発刊された。4冊目…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№47≪田中芳男:M12≫パリ万博→上野動物園設立

●明治12年(1879)8月 箕作麟祥、ジャーナリスト:岸田吟香  島田三郎、田中芳男、今村泰造、森槐南(かいなん)、  鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、  講談の三遊亭円朝など東京の知名人も伊香保温泉に「楽山館」  に泊まっていた。  (大槻文彦「伊香保誌」)  ★おそらく、数人?は一緒に来たのであろ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№46≪箕作麟祥M12楽山館≫法学者

●明治12年(1879)8月 箕作麟祥、ジャーナリスト:岸田吟香  島田三郎、田中芳男、今村泰造、森槐南(かいなん)、  鯱松塘(しょうとう)、上野精養軒の主人:北村重成、  講談の三遊亭円朝など東京の知名人も伊香保温泉に「楽山館」  に泊まっていた。  (大槻文彦「伊香保誌」) ★おそらく、数人?は一緒に来たのであろう…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№44≪岸田吟香:安政6年(1859) ・安政7・M12≫

①安政6年(1859)尊王論者故、安政の大獄を恐れて伊香保に潜伏。 ②安政7年(1860)三河挙母藩からの脱藩で伊香保で逃亡生活。 ③明治12年(1879)ジャーナリストで「楽山館」で大槻文彦と遭遇。 ◆岸田吟香の略年表********************** ・天保4年(1833) 4月28日(6月15日) …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲2018梁瀬大輔先生講演会『上野の戦国地侍』at榛名倉渕保健センター

梁瀬大輔先生講演会関係は3回目である。1回目は高崎学講座で、 2回目は彦部家講演会で、3回目がこれに当たる。今回の講演会も 分かり易かったです。ストーリーがとても論文の参考になります。 県立女子大の梁瀬先生の講義を受けたいものです。・・・ 簗瀬大輔先生の著書『上野の戦国地侍』『戦国史 上州の150年戦争』 や伊勢崎市史・玉村町…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

箕輪初心:生方▲伊香保№39≪小林虎三郎M10≫『米百俵』と「伊香保日記」

明治4年(1871)に、自分の事を「病翁」と呼ぶくらい持病に苦しん でいた。「病翁」と改名の通り、リウマチ、腎臓病、肝臓病などさま ざまな病を患っていた。郡役所に対して、教育行政をはじめとする諸 案件について、陳情・嘆願を繰り返しおこなったが、郡役所から疎ま れ、静養に専念するよう命じられた。明治10年(1877) 7月伊香保 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more