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箕輪初心:生方▲2018映画『覚悟はいいかそこの女子』のあらすじ
箕輪初心:生方▲2018映画『覚悟はいいかそこの女子』のあらすじ 平成30年(2018)9月〜10月、中間報告→梅の剪定→2台の車の車検 (82000円と95400円)→宿題レポート週2回で疲れ果てた私は、しか たなく、休憩のために、映画を見ることにした。今年の夏に、映画8本 を見たら、もう、気に入った映画なんぞ、あるわけない。時間も関係し て若者映画『覚悟はいいかそこの女子』・『あのコの、トリコ。』位しか なかった。韓国ドラマの方がずっと面白いのに、・・・映画館の中には、 暇な爺婆が4人いるだけだった。映画『覚悟はいいかそこの女子』を見 たが、... ...続きを見る

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2018/10/17 07:45
箕輪初心:生方▲伊香保13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
箕輪初心:生方▲伊香保13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』 江戸時代には、武士や庶民の旅が盛んになると、伊香保温泉は 「子宝の湯」「婦人の湯」と呼ばれ、女性も訪れるようになった。 遊興保養地として隆盛し、芸者・女郎も多かった。武士の中では 儒学者・国学者などが多かった。 ...続きを見る

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2018/10/17 05:07
箕輪初心:生方▲伊香保12『伊香保神社縁起』/南北朝時代『神道集』
箕輪初心:生方▲伊香保12『伊香保神社縁起』/南北朝時代『神道集』 南北朝時代 『神道集』では、伊香保は「上野国九ヶ所大明神事」や 「上野国第三宮伊香保大明神事」に登場する。『神道集』=伊香保の 昔話*神話に「伊香保姫」・「高光中将」・「伊香保大夫」・「有の御前」 などが登場する。上代の貴族社会を背景にまとめられた伝説・神社 の縁起・山岳神話とも言える。 ...続きを見る

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2018/10/16 08:15
箕輪初心:生方▲伊香保00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
箕輪初心:生方▲伊香保00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫ 古代:「万葉集」の時代には、奈良時代の万葉集東歌は9首詠まれ ている。そして、伊香保(榛名山)・伊香保沼(榛名湖)が具体 的に描かれていた。、平安時代には、伊香保の沼(榛名湖)は観 念的で、万葉集をまねて(写真を使って絵に描くような)タッチ の作品となる。おそらく東山道を来たりしていないし、伊香保に 登ったりしていない可能性が高い。鎌倉時代には幕府が鎌倉 に置かれると、再び、伊香保(榛名山)・伊香保沼(榛名湖)が クローズアップされ、実際に登って、歌を詠んだと考えられる。 ...続きを見る

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2018/10/15 05:29
箕輪初心:生方▲伊香保100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
箕輪初心:生方▲伊香保100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫ 伊香保神社掲額事件を扱った作品の一つには、司馬遼太郎『北斗の 人』(講談社昭和44年)がある。私は司馬遼太郎『北斗の人』を アマゾンで258円で買った。「北斗の人」『青き上に「榛名・伊香 保の文学紀行』(土屋文明記念文学館2008年)にも掲載されている。 「北斗の人」では司馬遼太郎は千葉周作が主人公であるため北辰一刀 流に有利なように書いている。つまり、千葉周作が馬庭念流宗家の樋 口定輝より強いかのように書いている。司馬遼太郎「燃えよ剣」にも 千葉周作が伊香保神社に「絵馬」の額を奉... ...続きを見る

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2018/10/14 08:46
箕輪初心:生方▲伊香保11≪滝沢馬琴:文政年間?≫@『伊香保の額論』&A『南総里見八犬伝』
箕輪初心:生方▲伊香保11≪滝沢馬琴:文政年間?≫@『伊香保の額論』&A『南総里見八犬伝』 @「伊香保算額事件」は北辰一刀流の千葉周作が馬庭念流の門弟を破 り、馬庭念流の門下生を引き抜いた。門下生は伊香保神社に武道額を 奉納しようとして一悶着あった事件である。事件自体は、村役人:木 暮武太夫、代官:吉川栄左衛門貞幹らの尽力で双方とも怪我人がでず に決着することができた。千葉周作が「伊香保算額事件」を書いた。 @滝沢馬琴(曲亭馬琴)が『兎園小説』の中で「伊香保の額論」とし て発表し、結果、北辰一刀流が一躍評判になったという事件である。 伊香保温泉のHpには、「滝沢馬琴(曲亭... ...続きを見る

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2018/10/13 07:13
箕輪初心:生方▲伊香保09≪樋口定輝:文政5年(1822)?伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
箕輪初心:生方▲伊香保09≪樋口定輝:文政5年(1822)?伊香保神社掲額事件≫馬庭念流 馬庭念流17世:樋口定輝は文政年間に伊香保神社掲額事件=馬庭念流: 樋口定輝VS北辰一刀流千葉周作との抗争が起こった。千葉周作が木暮 武太夫の泊まったいるので、樋口定輝は木暮金太夫に泊まった。?と考 えられている。文政6年(1823)の末、樋口定輝が亡くなった。樋口定輝 の嫡子:樋口定伊が17歳で家督を継ぎ、馬庭念流18世となった。文 政8年(1825)正月「樋口十郎左衛門定伊」が記したという伊香保神社の 掲額があるというが、真偽は不明である。 ...続きを見る

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2018/10/12 05:26
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』15話〜20話
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』15話〜20話 平成30年(2018) 9月〜10月のフジテレビの韓国ドラマ『イニョプ の道』は終わった。チョン・ユンミは「六龍が飛ぶ」主役の一人だっ た。イニョプ役:チョン・ユミは、 2007年 ファン・ジニ :イグミ役、 2010年 トンイ: チョンイム役、2014年 イニョプの道:主役の クク・イニョプ役、2015年 六龍が飛ぶ :ヨニ役。私の大好きお 姉さんである。1984年生まれだから、もう35歳、でも、いい女 である。『イニョプの道』…昔はこんなに演技が下手くそだった んだ。 ...続きを見る

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2018/10/11 10:17
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』9話〜14話
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』9話〜14話 @イニョプ…プライドの高い両班令嬢。父は朝鮮開国の功臣クク  ・ユでマノォル党と手を組んだ罪で反逆者容疑で死罪。  ヌヒ・下女になってしまう。事件の真相を探る。 Aウンギ…大好きな許嫁:ウンギの父はクク・ユを陥れた官僚  チギョンでマノォル党党首。ウンギも高麗王族だった。 Bムミョン…イニョプを好きになりかけている。  ムミョンは実は太宗の庶子でマヌォル党(団)の一員として  育てられた。奴婢の下男頭 Cヘサン…奴婢の下女頭はマヌォル党(団)の幹部。ムミョンの  育ての親。 ... ...続きを見る

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2018/10/11 10:07
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』1話〜8話
箕輪初心:生方▲2018韓国ドラマ『イニョプの道』1話〜8話 15C初頭、朝鮮王朝第3代王太宗(イ・バンウォン)の治世。母が いず、我が儘放題で育った両班の娘:イニョプは娘は名家の御 曹司ウンギ(実はウンギパパは父:クク・ユを殺した犯人)との 婚礼の最中、突如悲劇が起こる。イニョプの父が何者かの陰謀により 濡れ衣を着せられて処刑された。ウンギの父は「イニョプの父はマノ ォル党と手を組んで、王を亡き者にしようとした。」と伝える。イニ ョプは逆賊の娘として奴婢へと身分を落とされた。御曹司ウンギは イニョプのことが忘れられない。ウンギは名家のユノク... ...続きを見る

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2018/10/11 09:48
箕輪初心:生方▲伊香保09≪千葉周作:文政5年(1822)?≫:木暮武太夫泊
箕輪初心:生方▲伊香保09≪千葉周作:文政5年(1822)?≫:木暮武太夫泊 ・文政3年(1820)北辰一刀流創始者千葉周作は、廻国剣術修行の旅 に出て、各地で他流試合を行なった。文政5年(1822)上州一の道場 馬庭念流の小泉弥兵衛を破った。小泉など馬庭念流の門人はじめ 100名を超える人々が千葉に入門した。入門者たちが伊香保神社へ 北辰一刀流の額を奉納しようとすると、報せが馬庭村(現高崎市吉 井町)に伝わった。馬庭念流一同は憤激した。掲額を阻止するため、 馬庭念流一門500余名のほか、やくざ者や鉄砲を持った猟師まで集 まり、気勢を上げた。樋口定輝は大事を... ...続きを見る

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2018/10/11 04:49
箕輪初心:生方▲伊香保07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫『山吹日記』
箕輪初心:生方▲伊香保07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫『山吹日記』 ★奈佐勝皐は延享2年(1745)に生まれた。塙保己一(はなわ 〜ほきいち)に学んだ。天明6年(1787)4月16日〜5月23 日まで、国学者:奈佐勝皋は江戸を出発し、武蔵・上野・下 野の三国を旅した。「山吹日記」は名所旧跡の見学・探訪・調 査を記した日記である。伊香保に来ていることが分かる。 『伊香保誌』に「山吹日記」とあったが、読んではいない。 ...続きを見る

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2018/10/10 10:23
箕輪初心:生方▲伊香保08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者・エロ浮世絵師
箕輪初心:生方▲伊香保08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者・エロ浮世絵師 草津温泉・伊香保温泉には、多くの文化人・著名人が通っていた。 十返舎一九は、江戸時代を代表する戯作者で、その中でも、弥次 郎兵衛と北八コンビが活躍する「東海道中膝栗毛」が有名である。 『諸国道中金の草鞋』(別名:「方言修行金の草鞋」)では、 甲州→諏訪→岡谷→塩尻峠→塩尻→松本→刈屋原→善光寺→戸倉→ 坂木→上田→田中→小諸→追分→六里ヶ原(浅間山の横)→ 大笹→西窪・・(大笹街道)・・→大前→中居→草津→生須→暮坂峠 →大岩→沢渡→中之条→五町田→伊香保→▲榛名山→室田→高崎... ...続きを見る

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2018/10/09 06:30
伊香保00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代〜鎌倉時代
伊香保00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代〜鎌倉時代 「伊香保」の地名は古く、『万葉集』の東歌に9首詠まれている。 「厳つ峰」(いかつほ)とか「雷の峰」(いかつちのほ)に由来し していると云われている。。当時、吉岡〜伊香保一帯を支配して いた豪族:有馬の君の勢力下であったのかもしれない。 ●箕輪城語り部の会:岡田会長の「万葉集講座」では 「@伊香保という地名は噴火で神が怒っていると言う意味である。 怒る山=イカホ(ホは山の嶺)  ※イカ・・厳しい。伊香保という地名は「厳めしい山」の意味である。 厳しい山の感覚的な意味あいがある。 ... ...続きを見る

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2018/10/08 05:36
箕輪初心:生方■2018映画『散り椿』テーマ「散ってゆく愛とは」
箕輪初心:生方■2018映画『散り椿』テーマ「散ってゆく愛とは」 平成30年(2018)10月2日、『散り椿』を見に行った。 結末で采女は「散る椿は残る椿があると思えばこそ、見事に 散っていけるのだ」と言葉を言い残した。しかし、「散る椿は残る 椿があると思っても、散らずに残る椿と一緒に暮らす=生きるべき だ。」とちょっと悲しくおもった。そして主人公:新兵衛(岡田) は妻(麻生)の妹:里見(黒木)に婉曲的に結婚をせまられるが、 妻の供養とアイデンティティを求めて去る。里見(黒木)、「私と生 きて下さい。」と叫べ。と俺は祈った。「新兵衛、妻の妹でも結... ...続きを見る

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2018/10/07 10:07
箕輪初心:生方▲伊香保 06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫尊皇思想家
箕輪初心:生方▲伊香保 06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫尊皇思想家 ・安永2年(1773)京都で親身になって世話をしてくれた印章の篆 刻家:大島芙蓉に頼まれ大島氏の系譜を調べるため訪れた際、伊香 保神社に参拝したと云われている。11月14日〜11月19日、 「赤城行」・・・「大島氏の系譜調査」のため、細谷(自宅)―三夜沢 :赤城神社参詣―白井宿―伊香保温泉―前橋―伊勢崎―細谷(自宅)。 11月17日、米野から八崎へ出て、渋川手川を目指した。旅の目的 は、手川の大島郷右衛門と、伊香保大屋十二軒の一つである大島甚 左衛門を訪ね、大島氏の系譜を調べるため... ...続きを見る

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2018/10/07 05:51
箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁(幸村)ブログ一覧
箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁(幸村)ブログ一覧 天正10年(1582) 甲斐の武田家は織田信長の軍勢の前に滅亡の危機に 瀕していた。真田源次郎信繁は駿河と甲斐の国境で徳川家の兵に追わ れていた。@真田信繁の青春編:昌幸の熊のちゃんちゃんこが格好良 かった編、A大坂編、B九度山編、B大坂の陣編の4部構成となっ ている。 天正13年(1585)、第1次上田合戦で慶長5年(1600)第2 次上田合戦で徳川を翻弄した。慶長20年(1615)大坂の陣で徳川家康 に対抗し、「日ノ本一の兵(つわもの)」と称えらた真田信繁・・・・。 井伊直政が... ...続きを見る

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2018/10/06 06:15
真田幸綱(幸隆)の上野侵攻A上野編150城ブログ一覧
真田幸綱(幸隆)の上野侵攻A上野編150城ブログ一覧 ★戦国時代、上野国は関東管領上杉氏&麾下の長野氏が 勢力を持っていた。しかし、永禄年間(1558)〜武田氏・上 杉氏・後北条氏・織田氏の侵攻で、目まぐるしい動きをし ている。真田幸綱(幸隆)&長男:真田信綱・次男:真田 昌輝。3男:武藤喜兵衛尉(真田昌幸)&真田幸綱(幸隆) 弟:矢沢綱頼などが武田軍団として歴史を刻んだ。しかし、 真田に関係する城は真田街道(上田〜真田〜鎌原城(嬬恋) 〜{草津}〜長野原城(長野原町)〜岩櫃城・大戸城(東 吾妻町)〜中山城(中之条町)〜名胡桃(みな... ...続きを見る

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2018/10/06 05:36
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻@信濃編ブログ一覧
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻@信濃編ブログ一覧 武田晴信は・天文10年(1541)海野平の戦い後、父を追放し 信濃侵攻を開始した。信濃は穀倉地帯であった。おおむね @諏訪→A佐久→B府中→C南信濃:上伊那・下伊那→ D上田付近→E埴科・川中島→F白馬・上水内→北信濃 と・・・信濃に侵攻した。 ...続きを見る

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2018/10/06 05:32
箕輪初心:生方▲伊香保bT≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫と真田3代ブログ一覧
箕輪初心:生方▲伊香保bT≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫と真田3代ブログ一覧 真田昌幸は武田晴信の命で大井一族の支族:武藤家の家督を継ぎ、 武藤喜兵衛尉と名乗っていた。 天正3年(1575)長篠の戦いで真田の長男・信綱、次男:昌輝が 討死した。3男:武藤喜兵衛尉は真田に復姓し真田の家督を継いだ 天正4年(1576)武田勝頼が、負傷した兵士を傷癒すために、当時、 岩櫃城城主:真田昌幸に伊香保の整備を命じた。真田昌幸の支配下 には、長尾景憲がいた。長尾景憲の家臣の木暮氏、千明氏、岸氏、 大島氏、島田氏、望月(永井)氏、後閑氏の七氏はより多くの戦傷 者を収容する... ...続きを見る

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2018/10/06 05:23

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