箕輪初心:生方▲伊香保№55≪英照皇太后:M12/M13「楽山館」≫

◆明治6年には英照皇后「富岡製糸工場」を訪問した。
明治12年には畏(かしこ)くも、皇太后陛下の行啓があった。
 (★鈴木秋風「伊香保案内」)
明治13年、英照皇后が「凌雲(楽山館)で雷にあわれた。
 避雷針が設置された。」(三島中州「香山(榛名山)雑詩」) 

雷の説明は「凌雲閣の明治12年説」・「三島中州の明治13年説」
がある。孝明天皇の奥様は超活発偉すぎる「ハイカラ婦人」であった
ようで、近代化の視察などで群馬県に時々お越しくださった方だった
らしい。

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◆英照皇太后の歴史***********************
・天保5年(1834)12月13日(1835年1月11日)山城国愛宕郡
下鴨村(現京都市左京区下鴨)の南大路家で誕生した。
 父は九条尚忠、
 母は賀茂神社氏人・南大路長尹の娘・菅山。
  幼名は「基君(のりきみ)」→九条夙子(あさこ)を名乗る。

・弘化2年(1845)9月14日、12歳の時に、3歳年上の東宮:
  統仁親王(後の孝明天皇)の妃となる。

・弘化3年(1846) 孝明天皇が即位した。
夙子(あさこ)の読書は古典・国史・西洋理学の訳書などであった。

・嘉永元年(1848) 12月 従三位に叙され、入内して女御宣下を被る。
   孝明天皇は妻:夙子の立后を望んだが、准三宮に叙すべしと
   幕府に反対された。
・嘉永3年(1850) 第一皇女:順子内親王(~1852年)夭折
・嘉永6年(1853年)5月、夙子は正三位・准三宮になった。

・安政5年(1858) 第二皇女:富貴宮(~1859年)夭折。

・文久2年(1862) 2月 孝明天皇妹和宮親子(ちかこ)内親王と14代
  将軍徳川家茂(いえもち)との結婚となった。

・万延元年(1860)7月10日、勅令により中山慶子の生んだ第二
  皇子・祐宮睦仁親王9歳(後の明治天皇)を「実子」と称した。

・慶応2年(1866)12月25日( 1867年1月30日)崩御された。
    在位21年。宝算37(満35歳没)。
  夙子33歳で夫:孝明天皇の急逝に遭った。

・慶応4年(1868)明治天皇即位
  3月18日、皇太后になった。

・明治初年(1868)、東京奠都。
  皇后(昭憲皇太后)は吹上御苑内に蚕室を設けて蚕を育て、桑を
  栽培し、蚕に桑の葉を与えられた。 

・明治5年(1872) 赤坂離宮に遷御された。

 同年、群馬県の富岡製糸場が操業を開始した。
  官営の製糸場である。全国から応募した士族の子女などが工女と
  して働き、技術を修得した工女が日本各地の製糸工場に技術を伝
  えることになった。製糸業を発達=近代化させる推進力であった。

明治6年(1873)6月19日、昭憲皇太后と英照皇太后(孝明天皇
  の准后)は馬車で皇居を出発した。
 6月24日、富岡製糸場を視察された。

 「いと車 とくもめくりて 大御代の
     富をたすくる  道ひらけつゝ 」

 意味…糸車が速く回れば回るほど多くの生糸が紡ぎ上げられる。
  明治の御代の産業の近代化が日本の富を増やすことができる。
  のです、と皇后はお詠みにななられました。

◆富岡製糸場入り口の石碑
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元帥陸軍大勲位功一級載仁親王篆額

 生絲ハ皇國産業ノ主要品ニシテ海外輸出ノ大宗タリ明治初期當局者ハ生
絲ノ改善ト普及ヲ目的トシテ佛人ブリユーナ等ヲ聘シ富岡製絲所ヲ設立ス
是レ實ニ明治五年十月トナス爾來模範工場トシテ克ク其ノ目的ヲ達成セ
リ此ヲ以テ政府ハ是ヲ民業ニ移シ三井氏原氏ヲ經テ遂ニ片倉氏ノ經營ニ
歸シ業務愈賑ヘリ
惟フニ富岡製絲所ノ歴史ニ於テ特筆スヘキ一事アリ明治六年六月十九日
英昭皇太后昭憲皇太后ニハ赤坂假皇居ヲ發與アラセラレ二十三日富岡
ニ着御翌二十四日當時ノ熊谷縣令河瀬秀治ノ御先導ニテ富岡製絲所ニ行
啓アラセラル當時ノ所長尾高惇忠等ニ謁ヲ賜ヒ特ニ數名ノ練習生ヲ選抜
シ機械製絲ノ實況ヲ台覧ニ供シ奉レリ當時
昭憲皇太后ノ御歌ニ
いと車とくもめぐりて大御代の冨をたすくる道ひらけつゝ
コレニ依ツテ如何ニ行啓ノ思召カ國産奨勵ニ有シタルコトヲ拝察スルニ
余リアラン
爾来星霜七十年今ヤ大東亞聖戰ニ際シ國家富強ノ寶將ニ宇
内ニ赫灼タラントス友人片倉兼太郎君予ニ嘱シテ此ノ盛事ヲ不朽ニ傳へ
ント欲シ一文ヲ徴ス仍テ其ノ梗概ヲ掲ケテ後毘ニ誥ク
昭和十八年六月二十日
蘇峰徳富正啓撰 高田忠周書 藤澤群黄刻
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左:皇后(昭憲皇太后)・右:英照皇太后
靴は革靴のようであれせられます。
出典:明治神宮崇敬会
HP http://sukeikai.meijijingu.or.jp/meijitenno/3206.html
荒井寛方画「聖徳記念絵画館壁画」『富岡製糸場行啓『』

・明治7年(1874) 赤坂御用地に移る。

・明治11年(1878) 明治天皇がに北陸・東海道各地の巡幸のおり、
官営新町屑糸紡績所に行幸された。
新町(現高崎市新町)に行在所を新築し宿泊いただいた。
 (高崎市指定文化財)
(建築費788円=県からの借金550円以外は新町住民の
  方々の寄付で賄われた。)
(★高崎市Hp「明治天皇新町行在所」より)
 ★写真が見つからない。

明治12年(1879)
 7月19日、英照皇太后の伊香保行啓時の新町宿泊所になった。
7月20日、英照皇太后(明治天皇の母)が森田文字之助
 の桃井館(吉岡町上野田:通称森田大臣宅)に立ち寄られ、
 20分間休憩された。
  (吉岡町指定文化財)
 ★写真が見つからない。
 「畏(かしこ)くも、皇太后陛下の行啓があった。」
 (★鈴木秋風「伊香保案内」)
 

●明治13年(1880)7月29日~8月25日、約1カ月、伊香保温泉
に湯治に来ている。三島中洲(ちゅうしゅう)はその間、伊香保
の詩情を漢詩『澡泉余事』を著した。三島中州は次男の広:ひろ
(中島の中洲の実家を継いだ竹太郎)と、その実弟の虎次郎と三人
で「上州群馬郡伊香保村木暮武太夫方」に泊まった。
三島中州「香山雑詩」(原文は漢文)
①「楼閣が入り組んで空の半ばを占めている。
 四方から来る浴客は続々と集まる。
断崖のため、畑を耕す余地はなく、
一脈(一筋)の温泉、之は伊香保を福(豊かに)する田の代わりである」

②「伊香保の効能は霊薬にあり、・・・略)

③(英照皇太后はこの年に伊香保に来たことを詠んでいる。)
 英照皇太后は御滞在中に落雷にあった。当年、「凌雲(楽山館)
 は避雷針を設置した。

④「南邸に三味線、北邸に謡い、
  書画、琴、将棋をする楼(旅館)また楼
 萬客は(温泉に)浴し、余(私)苦しむことがない。(退屈しない)
 風流の故に・・・(退屈しないので)遊び回れる?

⑤蒸し風呂

⑥蒸し風呂

◆伊香保「凌雲閣」のフロント説明書き・Hp「凌雲閣物語」
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 伊香保の地は、古くは天文~永禄年間に、上杉氏の寵臣であった長
尾氏から家臣団である木暮・岸・ 千明・島田・大島・永井・後閑の
各士に伊香保の地を与えられ温泉経営に当たることになり、そののち
天正4年に湯元から現在の石段街に移住し大屋14件からなる温泉街
を形成しました。
 位置は、榛名山腹の北側傾斜地に石段を挟んで逆扇形に広がり、当
館は扇の要の場所に在り、上には伊香保神社、下方には旅館や店が軒
を連ねております。当館の位置には、かつての当時の名主 木暮八郎
氏父祖伝来の所有で、旅館「楽山館」と呼ぶ木造3階建ての建物があ
りました。
 この伊香保の地に、明治12年7月、明治天皇の御母君にあせられる
英照皇太后陛下(考明天皇の皇后)が親しく行啓せられました。この
行啓は、伊香保が保養地として全国から注目されるようになり、皇族
として最初のことであり歴史的な出来事でありました。当時を物語る
記録では、
『行啓は、大夫・書記官・侍医等150名からなる従官を伴って御馬車に
乗り、途中大宮・熊谷・高崎に泊まり、山道に入ってからは御興しに乗
り換えこの地に辿り着いたと言われ、陛下の御座所にこの「楽山館」を
当て、他は隣接6件の館を当て、7月17日から8月2日まで滞在した
とのことであります。』
 こうしたことから現凌雲閣の位置は、歴史に残る由緒ある場所であり
ます。
 また、こんなエピソードもあります。群馬県の夏は雷が付きもので、
この行啓のときも毎日のように 雷鳴が轟き、7月27日の午後4時頃従
官の宿に落雷がありました。いささか心配になってきたので避雷針を取
り付けたいという希望が出たが、群馬県ではその例がなく、行啓の期間
だけでも借り受けたいと伊香保に通信施設もなかったことから渋川村
(今の渋川市)まで馬でおりて内務省に電報を打ち、ようやく取り寄せ
「楽山館」に設置しました。これが避雷針群馬県第一号であったという
ことです。この行啓を機としてその後も伊香保の地に皇族方の来湯が続
き、政府の高官や実業人、文人なども来湯するようになったと言われて
います。
 伊香保の地は、数度に及ぶ大火に遭いながらもその度ごとに再興し、
当時の「楽山館」も「凌雲閣」「千登世館」と名を変え営む中で、時の
移り変わりとともに、当共済組合が買収し現施設を建設したものであり、
今も現凌雲閣は、全国の官公庁職員の出入りが続くなど一貫してその歴
史を残しております。
 なお、浴室への廊下壁に3枚の錦絵が掲げてありますが、これは明治
14年~16年にかけて浴客の土産 として販売したもので、「楽山館」で
の風景を描いたものと言われています。
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・明治30年(1897) 1月11日、崩御。
   享年64(満62歳没)。
  1月30日に「英照皇太后」の追号を奉られた。


●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
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箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
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◆総論編**************************
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箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
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◆各論編**************************
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伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
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八幡宮~山上の碑』
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~山名城大手口まで4句碑』
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箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
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◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
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◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
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◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲箕輪城№233かみつけの里【榛名神社文書】の解説
&久保田順一先生説
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箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当
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箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
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◆おまけ***********************
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https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_9.html

箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_10.html

箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
https://53922401.at.webry.info/201601/article_9.html

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椋原政直と榛名神社』
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箕輪初心:生方▲高崎№27▲久保康顕先生講演会『戦国時代の榛名神社』
と井伊直政
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◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№23『江戸時代の旅と飯盛女』&『伊香保に町人来訪』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_46.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25『榛名講』での御師の役割と『伊香保温泉』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_47.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25≪塩原太助:宝暦12年(1762) ≫:榛名神社で祈願
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_50.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭
『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。

箕輪初心:生方▲伊香保№29≪清水玄叔(烏涯)享和3年(1803)≫
『上州榛名詣』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪小林一茶:文化5年(1808)≫『草津道の記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_44.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№30≪香川景樹:文政元年(1818)?≫歌人
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№26≪清水浜臣:文政2年(1819)≫『上信日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_52.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№27 ≪安積良斎:天保9年(1838)≫榛名神社
・木暮武太夫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_1.html


◆明治時代編************************
箕輪初心▲伊香保№33≪新居守村:明治3年(1870)≫榛名神社の神仏分離取締
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_9.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35群馬県立土屋文明記念文学館
「榛名・伊香保文学紀行46人」
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2018高崎№30『鼎談』と【小栗上野介忠順企画展】
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35≪デシャルム大尉:M6≫フランス人将校
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_12.html

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪三遊亭円朝M7≫落語家『霧隠(陰)
伊香保湯煙』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№37≪アーネスト・サトーM10 ・M28≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№38≪ベルツ博士M10・M13・M14≫「楽山館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№39≪小林虎三郎M10≫『米百俵』と「伊香保日記」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_19.html

箕輪初心:生方▲伊香保№42≪英照皇太后陛下(考明天皇の皇后)M12≫「凌雲閣」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№43≪大槻文彦M12・M15・M40 ≫「楽山館」「村松旅館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№44≪岸田吟香:安政6年(1859) ・安政7・M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_24.html
★非常にユニークな人生を歩んだ。

箕輪初心:生方▲伊香保№46≪箕作麟祥M12楽山館≫法学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_25.html
箕輪初心:生方▲伊香保№47≪田中芳男:M12≫パリ万博→上野動物園設立
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_26.html

箕輪初心:生方▲伊香保№48≪島田三郎:M12「楽山館」≫書記官:衆議院議員
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_28.html

箕輪初心:生方▲伊香保№49≪森槐南M12≫漢詩人、官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_30.html

箕輪初心:生方▲伊香保№50≪鈴木(鯱)松塘(しょうとう)M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_31.html

箕輪初心:生方▲伊香保№51≪北村重威M12≫築地精養軒・上野精養軒
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_34.html

箕輪初心:生方▲伊香保№52≪成島柳北M12:木暮武太夫泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№53≪末広鉄腸M12木暮武太夫11泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_36.html



箕輪初心:生方▲伊香保№54≪三島中州:M13木暮武太夫泊≫漢学者・官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_37.html


★明日の伊香保・榛名は内村鑑三かな?


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