箕輪初心:生方▲伊香保№69≪新渡戸稲造M30≫五千円札

明治30年、新渡戸稲造は伊香保温泉に療養にやってきた。
★私が新渡戸稲造を知ったのはの五千円札が出た頃で、内村鑑三を
通じてであった。Hpでは「昭和59年(1984)11月1日から新渡戸稲造」
①札幌農学校で、上毛カルタに載っている「内村鑑三」と仲がよかった。
②内村鑑三の父は高崎藩士で、新渡戸稲造の父は盛岡藩士であった。
③2人ともクリスチャンである。
④2人ともアメリカに留学した。
⑤新渡戸稲造の英文の「武士道」が世界でベストセラーとなった。
位の知識しかなかった。本は読んでいない。

※2人ともクリスチャンでありながら、愛国論者であった。
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 (★国立国会図書館より転載)

●内村鑑三:高崎英学校・・・
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内村鑑三は、JesusとJapanの「二つのJ」をセットとして
 「キリスト愛国」を唱えた。
 新島襄の推薦もありと新島襄と同じくアーマスト大学へ入学。
 新島襄の弟子仲間:湯浅治郎・徳富蘇峰などから庇護された。 
 天皇の書いた教育勅語に対する「不敬事件」の誤解により国人・世間
 の人達に非難され、排除され、社会的に抹殺さそうになり、考えた。
「愛国は人性の至誠なり」(内村鑑三「基督信徒のなぐさめ」)
箕輪初心★新島襄周辺『内村鑑三の生涯『&「高崎の内村鑑三の碑」
https://53922401.at.webry.info/201302/article_23.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫ 「榛名湖水質
調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№56≪新島襄・新島八重M22:千明仁泉亭で療養≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_43.html


  
●新渡戸稲造
 「キリスト教と武士道」とセットにして愛国心を説いた。
 「武士道」においては、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己を
 説いた。
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 (アマゾンで566円+270円)
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 (買わなかった。)



【1】◆新渡戸稲造とちょっと内村鑑三***************
・文久2年 (1862) 盛岡藩の奥御勘定奉行であった新渡戸十次郎
  の3男として生まれる。幼名新渡戸稲之助であった。

・明治4年(1871) 兄の道郎とともに上京。
叔父の太田時敏の養子となる。

・明治6年(1873) 東京外国語学校英語科(東京英語学校、大学
    予備門)に入学。

・明治7年(1874) 内村鑑三は東京外国語学校の下等第四級に編入。
    (※同級生に、末松謙澄、天野為之、佐藤昌介)
    (※加藤高明は一級に在籍)
   教師のM・M・スコットより、グループメソッドという
   新しい英語教育を受けた。
  
  ・内村鑑三は一年病気で休学=杉田玄端から治療を受けた。
   一年遅れた。
   内村鑑三・新渡戸稲造・宮部金吾と同級になる。
  ※三人は終生、親交を結ぶ。
  初めて英文講読で旧約聖書の聖書物語に触れた。
  
・明治9年(1876) 札幌農学校が創立。
  北海道開拓の技術者を急造目的で創設。
 ★北海道開拓使の役人の演説と官費生の特典に心を動かされた。
  経済上の理由で入学を決意した。
  
 ・芝で1ヶ月の合宿。
  東京大学予備門時代の同級生:新渡戸稲造、宮部金吾、
  岩崎行親らと「立行社」を結成した。


・明治10年(1877)4月
  東京英語学校は東京大学予備門と改称。
  東京英語学校を終了→東京大学への進学が認められた。
  札幌へ旅立を決定。
 
・明治10年(1877)9月 札幌農学校に第二期生として入学。
当時国内で唯一学士号を授与する高等教育機関であった。
 農学校創立時に副校長(事実上の校長)として一年契約で赴任した。
 「少年よ大志を抱け」の名言で有名なウィリアム・クラーク博士は
 既に米国へ帰国しており、新渡戸たちの二期生とは入れ違いであ
 った。

 札幌農学校で内村鑑三&新渡戸稲造&宮部金吾は第3学年時
 に編入学。
 札幌農学校の教頭:ウィリアム・スミス・クラーク&
 お雇い外国人先生に強く感化された。
 第一期生の多くは既にキリスト教に改宗していた。
 
 内村鑑三は、キリスト教への改宗を迫る第一期の上級生に反抗して
 いた。
しかし、内村鑑三は新渡戸稲造と宮部金吾が改宗に署名した
 ことがきっかけで、立行社:岩崎行親と同じ日に
 「イエスを信ずる者の契約」文書に署名した。
     
・明治11年(1878)6月2日
 内村鑑三(宗教家)、宮部金吾(植物学者)、廣井勇(土木技術者)
 らとともに、函館に駐在していたメソジスト系の宣教師メリマン・ハリ
 スから洗礼を受けた。
 新渡戸稲造はクリスチャン・ネームは「パウロ」であった。
 内村鑑三は「ヨナタン」というクリスチャンネームにした。


 洗礼を受けたキリスト者達は、日曜日には「小さな教会」を開き、
 真摯な気持ちで信仰と取り組んだ。
 そして、メソジスト教会から独立した自分達の教会を持つことを
目標とするようになった。=札幌バンド。

・明治14年(1881)7月 
 内村と新渡戸と宮部の3人は札幌の公園で将来を二つのJのために
 捧げることを誓い合った。
内村鑑三は生涯、「二つのJ」を愛したそうである。
 一つは「ジーザス」、一つは「ジャパン」である。
卒業後、
①宮部金吾・・・札幌農学校で教鞭を取るために東京大学へ。
②新渡戸稲造・・札幌農学校で教鞭。
③内村鑑三・・・北海道開拓使民事局勧業課水産を担当へ。
内村鑑三は勤務の傍ら、札幌に教会を立てた。
  札幌に教会を独立させることに奔走した。


卒業後、東京大学選科入学。成立学舎にも通う。

・明治15年(1882) 新渡戸稲造は農商務省御用掛に就任。
11月、新渡戸稲造は札幌農学校予科教授。
・明治17年(1894) 内村鑑三は札幌に遠友夜学校を設立。


・明治17年(1884) 新渡戸稲造は渡米して米ジョンズ・ホプキンス
  大学に入学。
・明治17年(1884) 内村鑑三も私費でアメリカに渡った。
11月24日にサンフランシスコに到着。
  アーマスト大学に入学
※内村鑑三は拝金主義、人種差別の国=アメリカに幻滅した。
  内村鑑三は何の宛・行く宛も持っていなかった。
 ・メリマン・ハリス夫人からミデヤの叔父の家を紹介された。
 ・ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のエルウィンの養護
  施設を尋ねた時、院長のI.N.カーリンと出会った。
  →知的障害児養護学校で看護人として勤務。

・明治18年(1885) 6月 カーリンはワシントンDCの全米慈善
 矯正会議に出席する際に内村鑑三を同行した。
 内村鑑三はワシントンでクリーヴランド大統領に面会した。
 内村鑑三はワシントン滞在中にD・C・ベルと出会った。


・明治19年(1886) 新渡戸稲造はクェーカー派のモリス茶会で
 メリーと出逢った。
 ※札幌農学校の新渡戸稲造・内村鑑三・
  佐伯理一郎とともにフィラデルフィア近郊の親日的クエーカ
  ー教徒のウィスター・モリスと親交を持つようになった。


・明治20年(1887) 母校・札幌農学校から、助教として
  3年間農政学研究のためドイツ留学する事を命ぜられ、ドイツ
  へ渡る。
  独ボン大学で農政、農業経済学を研究。

・明治20年(1887) 内村鑑三はアマースト大学を卒業。
  Bachelor of Science(理学士)の学位を受ける。
 総長:シーリーの勧めで、コネチカット州のハートフォード神学校
 に入学。
※内村鑑三は神学教育に失望してしまった。

・明治21年(1888)
1月 内村鑑三は退学。
5月 内村鑑三は神学の学位は得ないまま、帰国。

・明治22年(1889) 新渡戸稲造はジョンズ・ホプキンス大学より名誉
  文学士号授与。
長兄:七郎が没、新渡戸姓に復帰。

・明治23年(1890)年学位論文『日本の土地所有、その分配と農業経済的
  利用について』でハレ大学より文学士、哲学博士の称号を与えられる。

・明治24年(1891) 米国人メリー・エルキントン(1857-1938、日本名:萬里)
 とフィラデルフィアで結婚した。
  エルキントン家から強い反対があり、結婚式にメリー嬢の両親は出席し
  なかったという。のちに和解した
 帰国し、札幌農学校教授となる。帰国後札幌農学校教授となるが農学関係
 科目だけでなく語学など多くの科目を受け持つとともに、教務主任、図書
 主任なども兼ね多忙の日々を送る。
札幌農学校教授として多くの授業をかかえ、舎監なども兼任するという
余りの忙しさ・・・・、

・明治30年(1897) 過労のため脳神経症となった。
 鎌倉、伊香保で転地療養する。
 療養中『農業発達史』『農業本論』をまとめた。
伊香保で静養中『農業本論』を出版。

・明治31年(1898) 辞職しアメリカ・カリフォルニアで療養した。
その間に名著『武士道』を執筆した。

・明治32年(1899) 日本初の農学博士となった。

・明治33年(1900) 英文『武士道』(BUSHIDO: The Soul of Japan)
初版を出版した。
「武士道」は、アメリカのルーズベルト大統領にも読まれ、各国語
 に訳されベストセラーとなった。

 ヨーロッパ視察。
 パリ万国博覧会の審査員を務める。

・明治34年(1901) 台湾総督府民政部殖産局長心得に就任。

・明治36年(1903) 京都帝国大学法科大学教授を兼任。

・明治39年(1906) 第一高等学校長に就任。
          東京帝国大学農科大学教授兼任。

・明治42年(1909) 実業之日本編集顧問に就任。

・大正5年(1916) 東京植民貿易語学校校長に就任。

・大正6年(1917) 拓殖大学学監に就任

・大正7年(1918) 東京女子大学初代学長に就任。

・大正9年(1920) 国際連盟事務次長に就任。

・大正10年(1921) チェコのプラハで開催された世界エスペラント大会
に参加。

・大正14年(1925) 帝国学士院会員に任命・就任。

・大正15年(1926) 国際連盟事務次長を退任。
貴族院議員に推薦。

・昭和3年(1928) 東京女子経済専門学校(後新渡戸文化短期大学)
           の初代校長に就任。
・昭和3年(1928) 早稲田大学で連続講演
(「内観外望」:1933年、「西洋の事情と思想」:1934年)


・昭和4年(1929) 太平洋調査会理事長に就任。
拓殖大学名誉教授に就任。

・昭和6年(1931) 上海での 第4回太平洋会議に出席。

・昭和8年(1933) カナダ・バンフでの第5回太平洋会議に出席。
ビクトリア市で客死。


【2】日本の5000円札**********************
①昭和32年 (1957)10月1日から聖徳太子
②昭和59年(1984)11月1日からは新渡戸稲造。
③平成16年(2004)11月1日からは樋口一葉。


箕輪初心:生方★【樋口一葉】:五千円札の女流作家
https://53922401.at.webry.info/201504/article_19.html


■新渡戸稲造5000円札。


表面
新渡戸稲造が養女の結婚式に出席した際の慶祝用の白のネクタイを着用
している。

裏面
岡田紅陽の「湖畔の春」という写真で、本栖湖の湖面に富士山が映る
 逆さ富士が描かれている。

では、なぜ新渡戸稲造が五千円札の肖像画に選ばれたのか?
肖像画になる基準は、正確には定められていない。
理由として、
1、日本国民が世界に誇れる人物で、教科書に載っているなど、一般に
 よく知られていること
2、偽造防止の目的から、精密な人物像の写真や絵画を入手できる人物
であること


●▲■箕輪初心:生方▲温泉ブログ(群馬編)***********

箕輪初心:生方▲2018『草津温泉』・『草津に歩みし141人+α』のブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201809/article_55.html

箕輪初心:生方▲『温泉百話―東の旅』(ちくま文庫2018年)
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_1.html

◆総論編**************************
◆◆ 箕輪初心★『伊香保の歴史詳細&訪れた文人墨客』 ◆◆
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箕輪初心▲伊香保温泉&【文人墨客】復刻版
https://53922401.at.webry.info/201503/article_30.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201503/article_30.html

◆各論編**************************
◆◆【古代~平安時代の伊香保・榛名】************
伊香保№00『エロ解釈万葉集伊香保編9首』古代~鎌倉時代
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_13.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路の万葉歌碑』①山名駅~山名
八幡宮~山上の碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_22.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路のエロ万葉歌碑』②山上の碑
~山名城大手口まで4句碑』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_23.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉歌碑』③山名城2回目
http://53922401.at.webry.info/201510/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【山名万葉句碑】④山名城4番~10番
&根小屋城の句碑
http://53922401.at.webry.info/201510/article_25.html

箕輪初心:生方▲2015高崎『石碑之路万葉句碑』⑤根小屋城2回目
https://53922401.at.webry.info/201510/article_29.html


◆◆【鎌倉時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№00補足篇≪鎌倉時代の歌人たち≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_23.html


◆◆【南北朝時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲伊香保№12『伊香保神社縁起』と南北朝時代『神道集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_24.html

◆◆【戦国時代の伊香保・榛名】******************
箕輪初心:生方▲箕輪城№233かみつけの里【榛名神社文書】の解説
&久保田順一先生説
https://53922401.at.webry.info/201612/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当
への移行」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_6.html


箕輪初心:生方▲伊香保№01≪長尾景仲→景信→景春→上杉定昌
の伊香保温泉開発?≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№02≪堯恵(ぎょうえ)文明18年(1486)≫
『北国紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№03≪宗祇:文亀2年(1502)≫連歌師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保温泉№4≪宗長≫ 連歌師:『宗祇終焉記』・『東路の津登』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№4≪真田昌幸:天正4年(1576)石段街の基礎造成≫
と真田3代ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_7.html

◆おまけ***********************
箕輪初心▲武田信玄&真田幸綱(幸隆)の侵攻①信濃編ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_8.html

真田幸綱(幸隆)の上野侵攻②上野編150城ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_9.html

箕輪初心:生方▲2016年NHK大河D【真田丸】:真田昌幸&真田幸繁
(幸村)ブログ一覧
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_10.html

箕輪初心:生方▲真田丸7【真田の隠し湯&ゆかりの温泉14】
https://53922401.at.webry.info/201601/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直政№261久保康顕先生初出史料『西郷正次・
椋原政直と榛名神社』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_54.html

箕輪初心:生方▲高崎№27▲久保康顕先生講演会『戦国時代の榛名神社』
と井伊直政
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_53.html

◆◆【江戸時代の伊香保・榛名】*****************
箕輪初心:生方▲伊香保№13『江戸時代の文学:伊香保・榛名総集編』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_25.html

箕輪初心:生方▲伊香保№23『江戸時代の旅と飯盛女』&『伊香保に町人来訪』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_46.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25『榛名講』での御師の役割と『伊香保温泉』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_47.html

箕輪初心:生方▲伊香保№15≪中川内膳正妻:寛永年間(1624~1645)≫
『伊香保記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_27.html

箕輪初心:生方▲伊香保№16≪跡部良顕:元禄11年(1698)≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_29.html

箕輪初心:生方▲伊香保№17≪建部涼袋:延享2年1745≫『伊香保山日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_33.html

箕輪初心:生方▲伊香保№18≪油谷倭文子(ゆやしずこ):寛延3年(1750)≫
『伊香保の道行きぶり』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№25≪塩原太助:宝暦12年(1762) ≫:榛名神社で祈願
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_50.html

箕輪初心:生方▲伊香保 №06≪高山彦九郎:安永2年(1773)≫
尊皇思想家『赤城行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_11.html

箕輪初心:生方▲伊香保№19≪平沢旭山:天明5年(1785)≫漢学者・国学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№20≪吉田芝渓:寛政元年(1789)≫千明仁泉亭
『浴泉奇縁』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№07≪奈佐勝皐(かつたか)天明6年(1787)≫
『山吹日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№21≪関重嶷:寛政12年(1800)≫伊勢崎藩家老
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_41.html
★嵩山彦九郎と仲良しだった。

箕輪初心:生方▲伊香保№29≪清水玄叔(烏涯)享和3年(1803)≫
『上州榛名詣』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪小林一茶:文化5年(1808)≫『草津道の記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_44.html

箕輪初心:生方▲伊香保№22≪八隅芦庵:文化7年(1810)≫『旅行用心集』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№30≪香川景樹:文政元年(1818)?≫歌人
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_5.html

箕輪初心:生方▲伊香保№26≪清水浜臣:文政2年(1819)≫『上信日記』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_52.html

箕輪初心:生方▲伊香保№08≪十返舎一九:文政2年(1819)≫文学者
・エロ浮世絵師
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪千葉周作:文政6年(1823)?≫:木暮武太夫泊
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№09≪樋口定輝:文政6年(1823)?
伊香保神社掲額事件≫馬庭念流
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_20.html

箕輪初心:生方▲伊香保№11≪滝沢馬琴:文政年間?≫①『伊香保の額論』
&②『南総里見八犬伝』
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№100番外編≪司馬遼太郎『北斗の人』≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201810/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№27 ≪安積良斎:天保9年(1838)≫榛名神社
・木暮武太夫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_1.html


◆明治時代編************************
箕輪初心▲伊香保№33≪新居守村:明治3年(1870)≫榛名神社の神仏分離取締
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_9.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35群馬県立土屋文明記念文学館
「榛名・伊香保文学紀行46人」
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心:生方▲2018高崎№30『鼎談』と【小栗上野介忠順企画展】
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№35≪デシャルム大尉:M6≫フランス人将校
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_12.html

箕輪初心:生方▲伊香保№36≪三遊亭円朝M7≫落語家『霧隠(陰)
伊香保湯煙』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№37≪アーネスト・サトーM10 ・M28≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№38≪ベルツ博士M10・M13・M14≫「楽山館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№39≪小林虎三郎M10≫『米百俵』と「伊香保日記」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_19.html

箕輪初心:生方▲伊香保№42≪英照皇太后陛下(考明天皇の皇后)M12≫「凌雲閣」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_21.html

箕輪初心:生方▲伊香保№43≪大槻文彦M12・M15・M40 ≫「楽山館」「村松旅館」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_22.html

箕輪初心:生方▲伊香保№44≪岸田吟香:安政6年(1859) ・安政7・M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_24.html
★非常にユニークな人生を歩んだ。

箕輪初心:生方▲伊香保№46≪箕作麟祥M12楽山館≫法学者
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_25.html
箕輪初心:生方▲伊香保№47≪田中芳男:M12≫パリ万博→上野動物園設立
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_26.html

箕輪初心:生方▲伊香保№48≪島田三郎:M12「楽山館」≫書記官:衆議院議員
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_28.html

箕輪初心:生方▲伊香保№49≪森槐南M12≫漢詩人、官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_30.html

箕輪初心:生方▲伊香保№50≪鈴木(鯱)松塘(しょうとう)M12≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_31.html

箕輪初心:生方▲伊香保№51≪北村重威M12≫築地精養軒・上野精養軒
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_34.html

箕輪初心:生方▲伊香保№52≪成島柳北M12:木暮武太夫泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_35.html

箕輪初心:生方▲伊香保№53≪末広鉄腸M12木暮武太夫11泊≫ジャーナリスト
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_36.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪英照皇太后:M12/M13「楽山館」≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_38.html

おまけ****************************
箕輪初心:生方▲歴史に隠れた大商人「清水卯三郎」のパリ万博と
『ジャポニズム』
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_40.html



箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫
「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html


箕輪初心:生方▲伊香保№54≪三島中州:M13木暮武太夫泊≫漢学者・官僚
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_37.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16?≫ 「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№55≪内村鑑三M16(1883)?≫ 「榛名湖水質調査報告書」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_39.html

箕輪初心:生方▲伊香保№56≪新島襄・新島八重M22:千明仁泉亭で療養≫
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_43.html

箕輪初心:生方▲伊香保№57≪小沢如風:M22≫
&「伊香保・榛名ブログ途中経過一覧」
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_2.html

箕輪初心:生方▲伊香保№58 ≪金井之恭:伊香保の別荘≫
→『ハワイ公使館』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_3.html

箕輪初心:生方▲伊香保№59≪ロバート・W・アルウィン≫ハワイ公使別邸
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_4.html

箕輪初心:生方▲伊香保№60-1『夏目漱石M27』大塚楠緒子との結末?
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_5.html

箕輪初心:伊香保№60-2『徳川家康家臣:夏目吉信と子孫夏目漱石
の温泉廻り』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№61≪夏目漱石の憧れ大塚楠緒子M27≫
『湯の香38』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_8.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62『大塚楠緒子をめぐる夏目漱石
と大塚保治M27』の関係
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62『大塚楠緒子をめぐる夏目漱石と大塚保治M27』
の関係
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_10.html

箕輪初心:生方▲伊香保№62≪大隈重信M29『宮内省御用邸』≫:政治家・教育者
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_11.html
箕輪初心:生方▲伊香保番外編『原田龍二「昼めし旅」
『伊香保温泉&水沢:わたりや』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_13.html

箕輪初心:生方▲伊香保№64≪井上馨M29『宮内省御用邸』≫
井上武子等鹿鳴館の華
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_14.html

箕輪初心:生方▲伊香保№65≪岩崎弥之助M29≫「2代目三菱」・政治家
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_15.html

箕輪初心:生方▲伊香保№66≪河東碧梧桐M29『宮内省御用邸』≫『伊香保紀行』
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_16.html

箕輪初心:生方▲伊香保№67≪樫村清徳M29:『宮内省御用邸』≫東大、医者
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_17.html

箕輪初心:生方▲伊香保№68≪ 布畦(ハワイ)公使:正木退藏≫来たかも?
https://ubu3blog.at.webry.info/201901/article_19.html





★明日の伊香保関係は?・・・忙しくて。

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