箕輪初心:生方▲2019山本隆志先生講演会『西上州の武士と南北朝の動乱』

・平成31年(2019)4月21日(日)大類歴史文化研究会の講演会に、
佐野さんが「山本隆志先生(筑波大学名誉教授)『西上州の武士と
南北朝の動乱』があるから」と誘ってくださった。始まる前に、山本
先生に挨拶をした。講演会は新鮮だった。質問コーナーで「生方さ
ん、質問はありませんか。」と逆指名があり、ビビってしまった。
閉会後、山本隆志先生が、4月28日(日) 第1回『新田義貞の登場』
の講演会来るように誘ってくださった。家から群馬県立博物館にTEL
したが、「予約がいっぱいで、ダメです。」と断られてしまった。
残念だった。今回はブログ掲載の許可を戴きませんでしたが、概要を
掲載させていただきました。
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箕輪初心●高崎【大類城】&『大類氏の歴史』
https://53922401.at.webry.info/201410/article_15.html


はじめに
一、西上州の武士と御家人化
1)南北朝の内乱という時代
2)大類氏などの西上州の武士
①武蔵七党有道姓の武士
 有道姓山名氏・島名氏・多胡氏・大類氏・白倉氏・新屋氏・片山氏
 奥平氏・小幡氏・倉賀野氏など
(「有道姓系図」『高崎市史通史中世』)
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②その他
姓不詳…寺尾氏・小串氏
源姓山名氏・高山党の高山氏・小林氏
惟宗姓神保氏
※将軍から地頭職を与えられた。

3)大類氏の関する資料
 ①『平治物語…』「大胡・大室・大類太郎」
②『入来院文書』…渋谷氏の所領であり「大類」
貞和2年(1346)11月26日渋谷定圓の譲状案
「一所 上野国大類田畠在家等」
★山本先生「大類氏は渋谷氏の保護下か?」
 ③『真名本曾我物語』…
源頼朝は三原の狩⇒赤城の狩(★笠懸野?)⇒那須の狩
「鎌倉殿…(略)…七ヶ日の間御逗留あり。…(略)…
大胡・大室・深栖・山上・寺尾・長野・那波・大類・新田・
鳥山・佐野・佐貫・佐井・苑田の人々用心深く、…(略)

4)上野国守護安達氏→北条氏

二、内乱の開始と西上州の武士
1)挙兵前の新田義貞と西上州の武士
伝説のみ…里見氏出身説・榛名神社の鉄灯籠寄進説など

2)護良親王の反幕行動
①後醍醐天皇の登場
 ②護良親王の反幕行動1329年

箕輪初心●新田義貞①「誕生~楠木攻め」*************
https://53922401.at.webry.info/201102/article_40.html

 ・元弘2年・正慶1年(1332)
  3月   後醍醐天皇は隠岐に、尊長親王は土佐・宗長親王は讃岐に流罪。
 11月  ★護長親王(大塔の宮)が吉野で挙兵。
       楠正成が再蜂起。楠木正成は赤坂城でゲリラ戦を展開。 
      ●新田義貞が楠正成の千早城攻めに参加。
 
※【楠木合戦注文】
  ①紀伊手・・佐貫一族・大胡一族・高山一族・山名伊豆入道跡
    ・寺尾入道跡・和田五郎跡・山上太郎跡・一宮検校跡(★=小幡?)
      ・・・
    ・連一族(★=長野氏?)17家
  ②大和道・・・新田一族・里見一族・飽間一族・・・・など7家。
  ③河内道・・・  
・元弘3年(1333)
1月 ●新田義貞は大軍を組織して河内の赤坂城、千早城をめざして出動。
   ●新田義貞に豊島氏一族(現東京都)も従い、楠木正成討伐に参加。
        鎌倉幕府は護良親王・楠木正成を討ち取れば、
          荘園一ヶ所を与える懸賞を出した。
   ●新田義貞は千早城の搦め手に在陣(太平記)。
     
 3月11日→護良親王は吉野・熊野山伏を使い、倒幕の挙兵の令旨
  (親王の命令文書)。
   ●新田義貞が病気を理由に上野に兵をひきあげ、帰郷。
   →新田義貞が幕府軍から後醍醐天皇側に寝返ったことを
   意味する。
******************************       

②新田義貞の挙兵1333年5月⇒5月5日鎌倉幕府滅亡5月22日
 上洛7月
新田義貞は上野・越後・播磨の国司、治部大輔に任命。
 所領安堵
1333年 12月16日 「…(略)…寺尾左衛門光業は上野上郷(富岡)
 内田在家・落合村(藤岡)田在家等地頭職事」
証人は和田五郎
 (寺尾光業言上状并上野国国宣(落合文書)」
1334年3月19日 小林弥五郎重政は上野大塚郷」・中村村(藤岡)


3)北条時行の乱~利根川・鏑川の合戦~
1355年
7月 北条時行は信濃別所で蜂起・・・
碓氷峠⇒利根川・鏑川の合戦⇒女影原(日高市)⇒鶴見⇒鎌倉
7月     利根川の合戦   新田四郎が戦死。
7月22日 武蔵女影原(埼玉県日高町)の合戦
          足利氏の家臣岩松経家・渋川義季(新田一族)が戦死。
7月15日鎌倉攻略
7月下旬  足利直義(ただよし)は大塔の宮:護長親王を殺害し、西に逃走。
       北条時行は足利直義の守る鎌倉を攻略。
8月2日 足利尊氏は後醍醐天皇に征夷大将軍の許可申請をしたが
  認められず、勝手に討伐に出撃。
         三河の矢作で足利父子が合流。
8月17日 箱根大平下の合戦 武蔵野国(毛呂山町・大類)大類五郎
左衛門尉が足利尊氏方で参戦し、活躍。足利勝利
8月19日 足利尊氏が北条時行を破り、鎌倉に入りし、滞在。
  旧北条家の所領を諸将に恩賞を授与。
   尊氏は関東武士の所領安堵。新田義貞の男衾・
  新田義貞の国司:上杉憲房を自分の配下として上野守護に任命。
 足利尊氏は後醍醐天皇の帰郷命令の拒否理由に
 公家・新田義貞の誅罰を建武政権に要求
★おまけ「・・・足利千寿王の参陣で成功。しかるに、新田義貞は
        功績を掠め取ろうとしている。」(太平記)
合戦が続く。
12月11日 箱根:竹之下の戦い
        新田義貞軍  VS  足利尊氏軍
        結果・・・新田軍が敗北し、京都に退却。

合戦が続く。


・延元2・建武3(1336)
1月     京都の争奪戦
2月12日 足利尊氏は大友氏の船で九州大分へ遁走。
4月3日 足利尊氏は赤松円心を救うため、九州:博多から東上。
5月    →足利尊氏は十万の軍勢を集結。

         兵庫:湊川の戦い   新田軍  vs  足利軍

5月25日 楠正成が摂津湊川で戦死。
       結果・・・新田・楠軍の敗北

10月
  後醍醐天皇の越前への下向命令。
  新田義貞は後醍醐天皇の王子惟良親王・尊良親王を奉じ、
    ・・・脇屋義助の領地越前金ケ崎へ

三、足利氏権力分裂と西毛武士
1)上杉憲顕の上野守護職
・延元2・建武3(1336)6月~9月 上杉憲顕が上野板鼻を守護所とした。
1341年 高尾村(富岡市)の地頭職をめぐり、瀬下与一入道と熊谷直経
 は争った。
 上杉憲顕が和田次郎左衛門尉と小幡宮内左衛門尉に派遣して、瀬下を退
 けた。
1342年 上杉憲顕が小林孫五郎重政を送った。

2)尊氏・直義兄弟の権力闘争~観応の擾乱

・1352年 那波・板鼻の合戦・・・直義の殺害
 大類弾正の活躍『太平記(巻30)』
榛名山座主:頼印
宗良親王(井伊谷から)信濃で蜂起⇒碓氷峠を越え⇒武蔵北西部
新田義興・義宗・脇屋義助が上野国で蜂起
四、上杉氏の大名か
1)上杉憲顕の鎌倉復帰・・・上野国の長野氏・長尾氏の台頭
2)鎌倉足利公方権力の確立と1380年小山義政の乱
白旗一揆(具体的な姓は不詳)
 後に、
2)上州一揆(15氏26名のメンバー)の分捕頸数(『結城戦場記』)
 高山・和田・大類・倉賀野・寺尾・長野・小林・綿貫・一宮
 ★おまけ・・・長野周防守・長野左馬助
 
・応永23年 上杉禅秀の乱
大類氏は倉賀野氏と上杉禅秀側で参加したが、敗北した。


★山本隆志先生から、4月28日(日) 第1回『新田義貞の登場』の講演会
来るように誘われたが、予約がいっぱいで、ダメだった。

○佐野さんにお礼の挨拶した。

○SBブロックの方と話した。
 川越城・八王子城旅行でいっしょになろうとはビックリだった。

○高井先生と話した。
 高井家は武田の家臣では?という話をした。
 高井先生の兄の家に武田信玄の虎印状があるそうである。



【2】●4月28日(日)
第1回『新田義貞の登場』 山本隆志先生(筑波大学名誉教授)



箕輪初心:生方★2015高崎『山名義範』に関わる疑問点&
久保田順一先生・山本隆志先生の研究
http://53922401.at.webry.info/201510/article_21.html

箕輪初心●群馬:高崎「山名義範館」=子孫は山名宗全
http://53922401.at.webry.info/201102/article_31.html

箕輪初心★「上野国:山名義範~応仁の乱:山名宗全」
http://53922401.at.webry.info/201309/article_26.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201309/article_26.html

箕輪初心●兵庫『出石:有子山城』=山名一族の古城
http://53922401.at.webry.info/201304/article_20.html

箕輪初心:生方★20151017山本隆志先生講演会
『山名義範の子孫:山名時氏』
http://53922401.at.webry.info/201511/article_9.html

箕輪初心:生方★『山名宗全の祖父:山名時義→父:時熙』
&足利義満の陰謀
http://53922401.at.webry.info/201511/article_13.html
★山本隆志先生の本をベースに

箕輪初心:生方▲『山名宗全の生涯』
http://53922401.at.webry.info/201511/article_14.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201511/article_14.html
 ★山本隆志先生の本をベースに


箕輪初心:生方★2015年高崎「山名の歴史&木部一族」
http://53922401.at.webry.info/201509/article_30.html

箕輪初心:生方▲2015高崎【旧倉渕村の歴史散策】
http://53922401.at.webry.info/201509/article_25.html
箕輪初心:生方★20151017山本隆志先生講演会『山名義範の子孫:山名時氏』
https://53922401.at.webry.info/201511/article_9.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201511/article_9.html

箕輪初心:生方▲箕輪城№219【2016山本隆志先生『堯恵&浜川木部氏』
・『宗長&浜川長野氏』
https://53922401.at.webry.info/201611/article_6.html
https://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201611/article_6.html

箕輪初心:生方▲伊香保№32榛名神社の歴史「座主→武将の俗別当への移行」
https://ubu3blog.at.webry.info/201811/article_6.html
★山本先生に「赤城」の論文を戴いた。




★明日は?

この記事へのコメント

宗春
2019年06月19日 19:23
先生きょうはごちそうさまでした。
昼間の掲示板への書き込み有り難うございました。先方様から返信がありましたので、転送させて戴きます。
『箕輪初心 様
初めまして歴史好きな鎌倉の住人です。
いつも初心様の歴史のコメントは興味深く読まさせて頂いています。
この度は「佐奈山文庫」について早々のご返信有難うございました。以前には「佐奈山文庫のHP」があり、それからの引用であったこと承知しました。

貴殿が講演会などを開催されるご予定があれば教え下さい。』
以上の様です。それでは。
宗春様
2019年06月20日 06:40
青柳勤也家文書の不明部分の解読は西沢先生に頼みましたが、一緒に書き下し文を確認し、楽しかったですね。レジュメの取り込み方法もありがとうございました。歴史好きな鎌倉の住人様へのコメントの御返事が来てよかったですね。7月4日に講演依頼を受けていますが、群馬の建築業界対象です。講演会をするほどのレベルではありません。とお伝えください。

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